久里浜にて――1956年『プリンス』寄稿(世界選手権東京大会直前)

※編注:本稿は、1956年の世界卓球選手権東京大会を目前に控え、カー雑誌『プリンス』に寄稿された文章である。23歳の荻村伊智朗が、3度目の世界選手権に臨む直前、強化合宿地・久里浜での心境を率直に綴っている。

久里浜にて

荻村伊智朗

 

四十年来、日本の卓球人が待ちに待った世界選手権東京大会も旬日に追まり、総監督以下四十名の日本代表選手団の最終強化合宿が、ここ湘南の地久里浜で行われている。

暖い所で合宿とはシャレているね、などと云う人もあったが、朝十時から夜八時迄、三回の休みがあるとは云え、一日実働五時間以上つま先立ちで飛びるのだから、当りが悪くても、“どうも不調が悪いデス”などと選手間流行の駄ジャレを飛ばして心配気なトレーナの顔をほころばせたりする陽気一方の選手のアゴも、日を重ねるに従って益々出て来るばかり。

勿論、合宿所から体育館への往復の道より他は、久里浜の地理も知る由もない。

 

世界選手権も三度目の出場となると、試合を前にしての気持にも色々の変化があるのに気づく。檜舞台を踏み、今迄遥かに仰ぎ見ていた大選手と対等に試合出来るのだ、との感激に無我夢中だった。

昨年のロンドン大会。黄疸の再発を顔色に案じ乍(※ながら)も選手権者としての自信と気力とでタイトルを守り抜こうとした作年のオランダ大会。今年はどうなのか、と自身に向う。

 

勝敗が念頭にある様では勝てない。勝敗が念頭を去った時、最善を尽せる。最善を尽せた時は、充分に勝つ可能性がある。では、勝つ為に、勝敗を念頭から去らしめようとするのか?試合はすでに始まっている。

 

全て表現の欲求は誰にもある。自己の肉体を素材として、ルールを通して、自己を表現せんとするのがスポーツマンだ。然し、単に力強さ、美しさ、をのみ追ってばかりはいられない。スポーツには勝敗が附物だから。又スポーツマンシップと、勝利に対する執着との内心に於ける葛藤は、誰しもが持っているものだ。

 

だが最高の状態に於て凡ては一致すると僕は言じたい。その最高の状態に向かって青春が続く限り前進しようとする者をして、卓球をやっていて本当によかった。叫びたくさせる世界選手権も近く、時に戸外に出ては久里浜の潮風を胸一杯に吸い込んで、又練習場に取って返す選手達の顔も明るい。

(21ヵ国が参加 4月2日‐十日間 東京都体育館で世界選手権大会を開催)

1956年プリンス

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