※編集者注:『OGIMURA ACTIVITY REPORT』は荻村伊智朗が国際卓球連盟会長時代(1987年~1994年)に自身の支援者たちに送った活動報告
第42回 世界卓球選手権
スエーデン国の西海岸、イェテボリ市のスカンジナビウム体育館を主会場(6台)とし、付帯施設のメッセ会場などを第2会場等に使い、1993年5月11日(火)から23日(日)までの13日間開催されることに決まりました。
南北両朝鮮卓球協会に提案された第42回世界選手権大会の南北順次開催案は、8月に予定された南北会談が無期延期されたため、ペンディングのままになっています。
スエーデンでの世界選手権大会開催は、6回目になり、世界一になります。日本は56、71、83、91年で、4回です。
5月になった背景は、
1)気候が暖かい国からくる人達にとっても好ましい季節だ。
2)アイスホッケー世界選手権(スエーデンが世界チャンピオン)とのバッティングを回避した。
3)会場の都合。
などです。
世界選手権大会史上一番おそい時期の大会となります。
欧州では歴史的にウィンタースポーツとしての特色の強い卓球も、やがて通年スポーツとして認識されて行く過程なのでしょう。
※編集者注:OGIMURA ACTIVITY REPORT 1991 Dec. より抜粋。1991年に開催された世界選手権千葉大会では、歴史的な南北統一コリアチームが実現した。その後、再び統一チームが編成されるまでには2018年を待たねばならない。しかし荻村伊智朗は、その奇跡を一過性のものに終わらせることなく、南北交流の架け橋となる可能性を模索し続けていたことが本記事記載の世界選手権 南北朝鮮順次開催案からうかがえる。











