荻村伊智朗が見た 鄧亜萍 『私のスタンディング・オベーション』より

編集部注:『私のスタンディング・オベーション』は、1991年に日本卓球株式会社(ニッタク)より刊行された、荻村伊智朗による卓球評論集である。世界各国の名選手を荻村独自の視点で論じた一冊であり、その卓球哲学が凝縮された著作の一つである。

鄧亜萍(デン・ヤピン)

’89年世界選手権大会女子ダブルス優勝

  • 1973年2月6日生まれ
  • 河南省出身
  • 150cm、51kg。
  • ’89年上海オープン優勝
  • ’89年全中国選手権大会女子シングルス優勝
  • ’89年世界選手権大会女子ダブルス優勝
  • ’90年アジア競技大会女子団体、女子シングルス、混合ダブルス優勝
世界の頂点を目指す

「短身、負けんき、きらめく才気」ときたら、高校生で世界の松崎を破った関正子が思い起こされる。関は結局、日本、アジア、世界のタイトルを獲得するまでに成長したが、鄧亜萍も関の名声に並ぶ勢いだ。

鄧は動きがいい。動きのよいプレーヤーはスタートがいい。スタートのよいプレーヤーは予測がいい。予測がよいプレーヤーは相手を良く見ている。鄧の目の配りは、体の小さいプレーヤーが世界で生き抜いてゆく術を物語っているかのようだ。

鄧が実際に偉大と呼ばれ得るプレーヤーにまで成長するかどうかは予測できない。私は女子の場合160センチの身長は卓球を代表する名選手には必要な条件だと思っている。だからといって例外を認めないわけではない。田中利明という名選手の枠を越えた大選手の身長はとても小さかった。でも、この人に身長190センチを越える外国の強豪がキリキリ舞いさせられたのを私は現に見ている。

鄧といい田中といい、例外は人の心を迷わせる。田中がやれるんだから、鄧がやれるんだから、「この子もやれないことはない」という思い込みがそれだ。例外は普通の例にはならない。例外は例外の前例になるだけだ。

 

それにしても、鄧は卓球の果てしない可能性を私達に告げてくれている。あらゆるボールゲームの中で、勝利の女神がもっと広い範囲の遺伝子に歓迎の手を差しのべているのは卓球競技だ。

負けず嫌いで、腕の節がことのほか強く、頭の回転もよく、卓球がことのほか好きな少女には、ひとよりも数センチ足が短いことなどは気にもならないことなのだ。

(1990・12)

「中国選手が世界チャンピオンにならねばならない」と決心しているとすればこの人のようだ。”ラリーを速くも遅くも出来る”選手である。

速くできるだけでは、この身長では常勝将軍は目指せない。遅くできるからこそ、相手鋭鋒をかわせる。’90年のアジア競技大会で自信を得て、一気に世界の頂点を目指す。

 

※協力:日本卓球株式会社
出典:荻村伊智朗『私のスタンディング・オベーション』(1991年、日本卓球株式会社発行)

私のスタンディング・オベーション表紙

鄧亜萍1

鄧亜萍2

 

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