荻村伊智朗が見た ヤン‐オベ・ワルドナー 『私のスタンディング・オベーション』より

編集部注:

『私のスタンディング・オベーション』は、1991年に日本卓球株式会社(ニッタク)より刊行された、荻村伊智朗による卓球評論集である。世界各国の名選手を荻村独自の視点で論じた一冊であり、その卓球哲学が凝縮された著作の一つである。

ヤン-オベ・ワルドナー(スウェーデン)

’89年世界選手権大会男子シングルス優勝

  •  1965年10月3日生まれ
  • ストックホルム出身
  • 177cm、71kg
  • ’87年世界選手権大会男子シングルス2位
  • ’89年世界選手権大会男子シングルス優勝、男子団体優勝
  • ’90年ワールドカップ男子シングルス優勝
  • 現在世界ランキング1位
ついに頂点に昇る

なにかがピンとくるかは、同じものごとにふれたとしても、その人によるものだ、またそれでよいのだ、よくはなくても仕方がないのだ、ということをつくづく思わせる人が二人いる。

一人はワルドナー、一人はワルドナーの故郷スウェーデンのストックホルムで1967年に世界選手権が開かれたときの男子団体決勝戦の立役者、鍵本肇選手だ。

鍵本はその前年、中国遠征の若手ナショナルチームの一員として中国を転戦した。中国の荘、李、張などの全盛時代にぶつかった日本チームは、その前年に日本チャンピオンとなった長谷川以下、一桁のスコアのそれも前半でたたきのめされると、いったありさまだった。あまりの敗戦に後藤団長のごきげんはすこぶる悪かった。監督の私も叱られた。

一つは長谷川が夜食を喰べすぎだ、ということ。ウェイト制の厳しいレスリングの八田一朗会長の助言もあったようだ。

長谷川は団長の叱声をまじめに受け入れ、それから数日は夜食を我慢していた。喰べ盛りの人に喰うな、というのも気力のいる仕事だが、我慢する方も精神力の鍛練になったことだろう。

もう一つのお叱りは、鍵本のプレーが小さい、ということだった。体が小さい人ほど手を一ぱいに伸ばして大きなプレーをしなければいけない、と団長は大声で力説された。卓球をやったことのない人に技術の指示をされるのはつらいだろうという親心からか、”藤井則和もそういっていた”と付け加えられた。藤井さんといえば我々の年代からみると大御所的な名人だ。

だが、鍵本の受け止めかたはまた一流だった。鍵本は、中国の選手達が長谷川以下の日本の選手達に特急ドライブをさせない台上プレーを、そっくり吸収していたのである。

速攻の前に積極的な守りがある、という中国卓球の一つのポイントを鍵本がこの中国遠征で吸収したことが、翌年の決勝の朝鮮戦で抜群の働きをして日本優勝の原動力となることに通じたのである。

 

さて、ニューデリーで江加良と最高級の決勝打撃戦を展開したワルドナーだが、彼も実は少年時代に中国で修行している。

”こまっしゃくれたスウェーデンの子供が強かった”とは当時中国に遠征していた日本選手の誰かの言葉だったが、スウェーデンの人達の一致して指摘することは、ワルドナーが中国でいちばん学んできたことはフォアハンドサービスだった、という。

ボディハイドが禁止になって、一時的に”ワルドナーもこれまでか”という声も聞かれた。だが、田中利明君にちょっぴり似た縦長の風貌の彼は体も二廻り大きくなり、力強さが増した。

ヨーロッパはドライブ、という俗な概念を笑うかのように、ドライブと水平強打を組み合わせた彼のプレーは”ニューデリーのもう一人の世界チャンピオン”といってもおかしくないプレーを披露した。更に力強さの増すドルトムントのプレーはまさに見ものである。

(1987・7)

ひ弱な、静かな、でもごまっしゃくれた感じの少年が、逞しい体格の世界チャンピオンにとうとう成長した。絶叫と力みこそ卓球の勝負師の全てという主張を嘲笑うかのように、リラックスした姿勢と精神がそこに見られる。チャンピオン像を一人一人の個性が変えられることは、卓球の深みを示すものなのだ。

 

※協力:日本卓球株式会社
出典:荻村伊智朗『私のスタンディング・オベーション』(1991年、日本卓球株式会社発行)

私のスタンディング・オベーション表紙

私のスタンディング・オベーション ワルドナー1

 

私のスタンディング・オベーション ワルドナー2

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