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荻村伊智朗が見た 喬紅 『私のスタンディング・オベーション』より

編集部注:『私のスタンディング・オベーション』は、1991年に日本卓球株式会社(ニッタク)より刊行された、荻村伊智朗による卓球評論集である。世界各国の名選手を荻村独自の視点で論じた一冊であり、その卓球哲学が凝縮された著作の一つである。

喬紅

’89年世界選手権大会女子シングルス優勝

  • 1968年11月21日生まれ
  • 162cm、62kg
  • ’89年世界選手権大会女子シングルス優勝、女子ダブルス優勝
  • ’90年アジア競技大会女子シングルス団体優勝
  • ’90年アジア選手権大会女子シングルス優勝
ベンチワークの勝利

ジャパンオープンにも来日の喬紅は、中国の生んだシェークの選手として完成度の高いプレーヤーだ。

特にいままで中国のシェーク選手は完成度が低いとみられていたバック系の技で前進みられる。

また、フォアハンドの回転量は抜群。サラエボで大関が押さえ切れなかった李・エリサのループ性ドライブを思い出すほどだ。ループ系のフォアハンドといってもよいが、ロング戦でもボールの伸びがいちじるしく、相手が押さえに苦しむ場面が多かった。

決勝のリ・ブンヒとまず喬紅に攻めさせて、ショートで振り廻しカウンターを狙おうとしたが、うまくいかなかった。喬紅の力強さは予想外だったとみえ、リ・ブンヒの表情にとまどいが見えた。

しかしベンチの方はリ・ブンヒの力なら凌げるとみて、1、2ゲームはそのまま強行。しかし、リ・ブンヒの動揺が収まらないことと、ベンチも前陣での捌きでは力負けするとみて、やや小さなストロークで先手をとり、攻め切る先手必勝策に変更。喬紅もさすがに若く、自信がやや揺さぶられ、喬紅の顔にも迷いが現れる。

ここで中国ベンチの出番。リ・ブンヒを先手取りに押されながらも回転量で優位を保った作戦を押し通すよう指示、苦戦の末にまたまたも形勢が逆転、終盤は喬紅の圧勝となった。

リ・ブンヒやや平静さを欠いていたため、両者の調子が最高の決勝とはならなかったが、喬紅の勢いは昇龍の感があり、日本のシェークハンド女子選手にも影響を与えることだろう。

ヨーロッパが喬紅のプレーを採り入れるためにはフットワークを採り入れなければならず、ハンガリー男子型のプレーをすぐに調整して喬紅のようにするのは難しいように思われる。

中国の百花斉放路線は女子シェークではうまく機能しているように見える。また、ベンチワークも新人チームに切りかえてからは戦闘指揮も順調。問題は男の指導理論の固定化傾向、特にペンもシェークもバック側が問題になってきているように思える。

ドルトムント総会でも卓球のゲームを選手とベンチの合作とみるのが当然という考えのもとに出された議題が、いくつかあった。

これは個人スポーツからチームスポーツへの変身というテーマにもなる。卓球がボクシングのような道を行った方がよいのか、テニスのような道を行った方がよいのか、という問題の提起でもある。いずれにせよ、千葉大会やバルセロナ五輪では、ベンチの知能くらべがますます激しくなるだろう。

(1989.7)

少し太めと自分で思い込んでいるので、シャツ裾をショーツの上に出したがるが、そんな必要はない。いいスタイルですよ、と言ってあげたい可愛いチャンピオン。

’90年モロッコのITTF理事会に選手代表として出席した喬紅は、自分の言葉で質問に答えた。

 

※協力:日本卓球株式会社
出典:荻村伊智朗『私のスタンディング・オベーション』(1991年、日本卓球株式会社発行)

私のスタンディング・オベーション表紙

喬紅1

 

喬紅2

 

荻村伊智朗が見た ヤン‐オベ・ワルドナー 『私のスタンディング・オベーション』より

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