基本とはたしかな、動かせるもの
74年9月にテヘランで行なわれた、アジア競技大会で合計77ケの金メダルを獲得した日本選手団のコーチ陣と、JOCの強化委員等の反省会が、10月の初旬に体協で4時間半にわたって行なわれたが、そこでの結論は「基本を再確認する」ことであった。
特に田島直人団長(1936年ベルリンオリンピック、三段跳びゴールドメダリストは、「中国は基本に忠実であった。基本に忠実すぎて、勝負にはいま一つ利あらず、期待されたほどの金メダルは、とれなかったともいえる。しかし、このままの勢いで中国が基本的な力を伸ばしてゆけば、必ずいつかは日本の前に立ちはだかるだろう」と述べた。
“基本に忠実”の基本とはなんだろうか。基本とはふつう物ごとのなりたつ基礎、と理解される。それがなければ、そのものごとが成り立たないもの。ともいえる。
では、卓球の打球で、それがなければものごとがなりたたないものはないか?イムパクトである。
バックスイングをじゅうぶんにとる。とらないはどうか。イムパクトがある、ないに比べたらば、どちらをとるかといわれたらだれでもイムパクトをとる。では、バックスイングをとることは基本ではないのだろうか?速いボールを打とうとしたら、バックスイングをとることは、基本動作といえる。強い球を打とうとすればするほど、バックスイングは大きくとらなければならない。
全力で振るときでも、使っているラバーやラケットによって、必要とされる振りの大きさはちがう。戦術によって身体に対する打球点の位置もちがう。だからバックスイングの基本はここまで引くことだ、とはいえない。同様に、イムパクトはここでするのが基本だ、とはいえない。
陸上競技は長い歴史をもつ。卓球よりも長いといえる。その長い歴史をもつハイジャンプで、この数年間に跳躍方法がまったく変わった。背面跳びに変わってきたのだ。
背面跳びはアメリカのフォスベリが、はじめたのだが、いまでは国際試合にイランで初めて登場した、中国の選手までやっていた。助走のスピードがいちばん生きるとびかただという。
背面跳びの出現によって、ハイジャンプの助走の走路の基本型も、全く変わってしまった。途中で不必要ともみられる“ふくらみ”が必要とされるようになったのだ。“ハイジャンプの基本は……”と、いままでコーチが述べていたものが、“ベリーロールのときは……”“背面跳びのとき……”と、いうように説明しなければならなくなり、べリーロールのときに考えられた基本型の数々は、姿を消してゆくことになる。
卓球でもどんなスポーツでも、人間の身体活動にはやはり基本がある。ぜったい動かない基本とは、生理学、解剖学、心理学、物理学、化学などの原理原則にした正しい運動である。高校や大学でも上級生が下級生にコーチしたりするときに、安易な気持ちでこうするのが基本だなどと固定的なやりかたを押しつけるのは危険である。
また会得した基本のフォームとは、そこから必要によっては変えることのできるものでなければならない。どのくらい変えたか、はっきりわかるものであれば、基本のフォームがしっかりしているといえる。
試合ではじめてあった相手のはじめてのボールに対して、正しい変化をたしかにできるフォームや動作、それが基本のフォームや動作である。
1974年9月
荻村伊智朗
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