強対ニュース 創刊号「なんのために卓球をやるか。“好きだから”の限界を踏み越えろ 荻村伊智朗 1965年

なんのために卓球をやるか “好きだから”の限界を踏み越えろ

これからいろいろな練習をやる。なぜそういう練習をやるか、心構えとして知っていないと、帰ってから、自分の学校の同僚なり指導者、あるいは先輩に、「合宿はどうだった」と聞かれても、返事ができない。

「こういう練習をやった」と事実を述べるだけでなく、なぜそういう練習をやったのか、その意味が言えなくては、諸君の経験も生きない。

そこで諸君がこれからやる練習の考え方を説明しておきたい。

昨日のミーティングで、卓球をいつ頃から、なぜ始めたのか、を諸君に聞いた。

「中学一年から」、「なんとなく、友達にすすめられて」というような話が出た。それじゃ、今もなんとなくやっているのか、というとそうではないと思う。

激しい訓練に耐えてやっているのは、自分がやりたいからやっている、と言う自主性があると思う。先輩なり、友達が「やめよう」といっても、諸君は卓球をやめないと思う。自分の興味、意思が大きく育ってきている。最初の動機はどうあろうと。

それじゃ、日本や世界の卓球界の頂点に達するんだ、というところまでいっているかというと、これはむづかしい問題だと思う。なんとなく卓球を初めたんだから、まだそこまでいっているかどうか、わからない。

そこでこの辺で、なぜ卓球をやるのかを考えてみることが必要だと思う。好きだからやるんだ――これだけでは、好きなだけやるんだ、ということに通じる。好きなだけ、というのは限界がある。これ以上やったほうがいいとわかっていても、そこまでは好きじゃないからやらないという自分の限界を簡単に引けるような考え方では、日本や世界の頂点に達する事はむづかしい。

やったほうが良いとわかるなら、逃げ口上なしにやることが大切。ただ好きだからというのでは駄目だ。

才能を考えてみると、昔から文明文化を引っぱってきた人たちはいる。天才といわれる人たちだ。こういった人たちは、普通の人と全然違うかというと、必ずしもそうではない。そういう人たちがなんと言っているかというと、「才能ではない。努力が99%を占めるんだ」といっている。

そういうことを考えてみると、みんなが自分の能力を人間能力の限界まで引き上げていけば、頂点に達することができるといえる。こういうことで、スポーツも芸術も、前進してきた。

イギリスのバニスター(※1)が1マイル(陸上競技)に4分を切った。すると、何十年も破れなかった記録(4分の壁)をわずか2 、3年の間に、十数人が破った。

このような例をみてもわかるように、ある1人の人間が、自分自身の能力の限界をツキ破ったことは、人間一般の能力を引き上げたことに通ずる。

現在スポーツは100ぐらいある。卓球はそのうちの1つ。スポーツは人間の文化――科学、芸術、宗教等――の1つの分野である。

卓球はその中の小さなものであるけれども、1人1人が自分の能力の限界まで努力することによって、はなばなしいものをつけ加えることに通ずる。

自分が卓球選手として恵まれていると自覚したら、好きなだけやるのではなく限界まで頑張る。そして「人間の文化の向上に一役買うんだ」という気持ちを持つことが大切である。好きなだけやるのでは、もったいない。社会のためにも申し訳ない。

昔スポーツは貴族だけ、お金持ちだけしかできなかった。現実に、インド、パキスタンなど比較的後進性の残っている国に行くと、100分の1とか1000分の1の人間しかスポーツができない。あとは生活に追われている。

その点、諸君は社会の恩恵を受けている。義務教育とか、卓球部があるとか、そういうことを考えてみれば、自分の好きなだけしかやらないというのでは、もったいない。人間能力の限界をひらいていくんだという決心をたかめてもらいたい。

荻村伊智朗

日本卓球協会強化対策本部発行「強対ニュース」創刊号より

昭和40年10月1日発行

(※1 ロジャー・バニスター:イギリスの陸上選手。1954年5月6日、1マイルを3分59秒4で走り、世界で初めて1マイル4分を切る記録を打ち立てた)

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