編集部注:『私のスタンディング・オベーション』は、1991年に日本卓球株式会社(ニッタク)より刊行された、荻村伊智朗による卓球評論集である。世界各国の名選手を荻村独自の視点で論じた一冊であり、その卓球哲学が凝縮された著作の一つである。
江加良
’85年、87年世界選手権大会男子シングルス優勝
- 1964年3月3日生まれ
- 中国広東省出身
- 176cm、65kg
- 7才から卓球を始め、’83年、19才の時にナショナルチームに入る
- ’85年世界選手権大会男子シングルス優勝
- ’87年世界選手権大会男子シングルス優勝
連続優勝を達成!
世界チャンピオンになったことのある人ならよくわかることだし、ならなかった人でもやっぱりよくわかることだと思うが、世界タイトルを二年後に守ることはたいへんなことだ。
たまたま私と田中利明君は二年後にそれぞれ再び世界チャンピオンになった。が、その前の年に負けている。そして、二度めの優勝のときは、お互いにお互いを破っている。
江加良の場合、”とりこぼしの多いチャンピオン”というレッテルを貼られていただけに、連覇の難しさはだれよりも難しいことだったろう。私や田中の場合、年間の強さからして、世界で負ける可能性のある選手は片手以内だったが、江加良の場合は両手の指でも足りないくらいだっただけになおさらだ。
陸上競技でも短距離を走るスプリンターは故障も多く、出来不出来の差が大きい、とされている。表ソフトの速攻の選手もおなじだ。河野もそういわれたし、”表は不安定なものだ”という説まで流行したりした。
しかし、河野が10年かかって完成させた両ハンドの速攻と、ナックルショートやカットまで混ぜた守りとバランスのとれた卓球は、そうした俗説を打ち破るに充分だった。糠塚にいたっては河野卓球の安定そのものの部分だけで一流になっている。
江加良の強さは、ほとんどがそのフォアハンドの強打によっている。だれもが可能だと考えないようなことが現実となっている。もちろんバックのショートは固い。攻めも守りも固い。でも意識的なナックルで逃げたり、相手のミスを誘ったりはしない。
バックへ廻りこんでストレートに相手のショートを狙い打ち、それをみごとにクロスに合わせられる。ふつうならば飛びついてラケットに当てるのがやっとのボールを江加良はクロスに強打で打ち返していく。しかもクロスを切ってだ。
ビューティフルとしかいいようのないプレーが決勝戦でも続出し、マッチポイントのラリーでも出た。調整の難しいスプリンターがこの日のために二年間の精魂をこめ、磨き上げたプレーだった。
第4ゲームでジュースアゲインがくり返されたとき、一本が所を代えるごとに、一万人の観衆が、”これでワルドナーが勝つな”とか、”やっぱり江が勝つか”と、なんどもなんども心を変えた。あんなすばらしいプレーを見ることができたのはラッキーだった。
二年後、江やその他の中国勢、そしてワルドナーやその他のスウェーデン勢はいよいよ円熟期を迎える。今回の男女シングルスの決勝よりもよい試合になるかどうかは断言できないが、もっと多くの試合が高水準でおこなわれることは間違いないのだろう。日本選手にも、ぜひ割り込んでもらいたいものだ。
(1987・6)
全盛時代のさっそうとした面影を、去ってゆくときにも保ち続けることの難しさ。江加良のドルトムントでの姿だった。
良い人生経験になった、と彼があの審判とのトラブルを思い出せるようになるには20年以上の歳月を必要としよう。いま、マレーシアでの大学生活を目指して準備に余念のない日々を送っているという。
※協力:日本卓球株式会社
出典:荻村伊智朗『私のスタンディング・オベーション』(1991年、日本卓球株式会社発行)















