※編注:本ページでは、荻村伊智朗監修『世界の選手に見る卓球の戦術・技術』(増補改訂版)の一部を掲載する。本書は、世界の名選手たちの戦術を分析するだけでなく、卓球に対する考え方やフェアプレーの精神など、荻村が未来へ伝えたかったメッセージが詰まった一冊である。
第1章:戦術について

戦術とはなにか 技術とはなにか
この本を読もうとするあなたが選手であれば、高い目標を持っている人に違いない。その目標の高さは、山の高さでいえば日本最高級の3000メートル級であろうか。それとも、世界最高級の8000メートル級であろうか。
戦術とは読んで字のごとく、戦(いくさ)の術である。スポーツでの戦とは、試合であろう。私たちの卓球競技で戦術といえば、卓球試合の進め方のことである。
さて、あなたが高い山に登ることになったとしよう。あなたはいきなり何も持たずに家にいるときの服装のままで家を飛び出して歩き始めるだろうか。
いやいやそんなことはあるまい。それがあなたの家の裏の小高い丘みたいなものならいざしらず、高い山であればあるほど、あなたは慎重に準備を整えるだろう。
まず、そこへ行くのには全部歩いて行ったらよいのか、それとも汽車やバスを利用すべきだろうか。やはり汽車で近くの駅まで行き、それからバスでふもとまで行こう。汽車は夜行にしようか、昼間の出発にしようか。バスの接続時間は? バスを降りてすぐ登ったんでは途中で日が暮れてしまう。山は早立ち早泊まりが原則だ。昼間の汽車で行き、バスを降りたらその日はふもとの旅館で一泊しよう。次の朝早くたって小屋まで登り、そこで泊まる。いよいよその次の日に尾根を縦走だ。途中にロッククライミング(岩壁登り)が2カ所ある。一晩はテントで露営だ。帰りにはこの雪渓を下りたほうが早いぞ、というように、与えられた条件の中で最も良い方法を考えるだろう。
夜行にするか、昼間の汽車にするか、どこで泊まるか、どのコースを通るか、この山登りの進め方が上手か下手かによって、成功もあるし失敗も起こる。近道の雪渓下りを使うか、遠回りをして尾根づたいで行くか、これを決めるのが山の戦術である。
仮に雪渓を下りるとすれば、その下り方を知っていなければならないし、ロッククライミングのやり方も知っていなければならない。雪の斜面の下り方、ロッククライミングの仕方は技術である。
卓球でも、ある相手に対してどういうサービスを使って、どういう第3球を送って、どう得点しようか、と考えて試合を進めていく術が戦術である。1つひとつのサービスやスマッシュは技術である。
戦術と技術の調和
ロッククライミングのあるコースをたどることに決めても、ロッククライミングの技術を知らなければなんにもならない。これは戦術に必要な技術が欠けていることである。
せっかく高い球がきたのにスマッシュができないのも同じことである。冬山に登るのに夏山に登る技術しか持っていなかったり、短いレシーブをたたくのが得意でそうしようと思うのに長いサービスしか出せなかったりするのでは仕方がない。これは戦術と技術がちぐはぐだ、といえる。別の言葉でいえば、戦術と技術の調和がない、ともいえる。
速戦即決の戦術をとるのなら、台の近くでの足さばき、小さなフォーム、スマッシュなどそれに調和した技術を持っていなければならない。
技術の重複
重複とは、重なり合いダブついていることだ。試合で粘るべきときにはカットで粘る者が同じ程度の水準のロングで粘るボールを持っていても実戦ではあまり使えない。これは戦術的には同じ役割の技術をいくつも持っていることで、技術が重複しているといえる。
重複した技術を持つことは試合のある局面では役に立つが、多くの場合、片方の技術とその習得のための時間は100%有効であったとはいえない。
特定の相手に対する戦術と不特定多数の相手に対する戦術
1つひとつの試合は特定の個人を相手に行う。だから、1つひとつの試合の戦術は、特定の相手を前にしてから練っても遅くはない。
だが、1人の選手の卓球競技生活は不特定多数の選手と長い歳月を相手にしたものだ。だから、その選手がその競技生活を通じて主に用いる戦術は不特定多数の選手に対して通用し、長い歳月にわたって通用するものであるべきだ。
不特定多数の相手に通用し、長い歳月にわたって通用する1つの基本的な戦術を会得しつつ、個々の特定な相手に対するケースバイケースの応用戦術を生み出すのだ。
戦術が先か、技術が先か
あなたが試合である選手と当たることになったとしよう。あなたは、その選手について知っていることをいろいろと頭の中で思い浮かべるだろう。知っていることは情報と呼ぶことができよう。そして、この情報を整理し分析した上で、こういうように試合を進めていこう、と考えるだろう。
仮に、あなたが相手のことを全然知らなかったとしても、試合前の練習のとき、あなたは相手に関する何らかの予備知識を持つだろう。試合が始められれば、当然いろいろな情報があなたに与えられる。それらの情報をもとにして、新しく戦術を立てたり、すでに立てた戦術をつくり変えていくのである。
相手がどんな選手でも自分は同じ試合の進め方をするから、自分には戦術はない、などと考える人がいるだろうか。いるとすればそれは間違った考えだ。それは、どんな相手に対しても自分の特定の戦術一本やりで戦う、と決めているだけなのであって、やはり戦術は存在する。ただ、変えないだけなのだ。
「作戦なんか考えない。当たってくだけろだ」というような場合もあるが、これも同じだ。これは、「玉砕戦術」であって、自分の最も得意とする戦術を相手に正面からぶつけていくやり方だ。
「当たってくだけろ」でない場合は、得意なやり方を後半のためにとっておいたり、その相手に対して有効だろうと思われるやり方をいくつか試みてみたりする場合のことだ。
自分として2番手、3番手の戦術をぶつけてみるのなら、たとえ失敗しても「くだけ」はしない。得意なものを正面からぶつけてもし失敗したら、自分が「くだけ」てしまう。その危険をおかして「ええい、当たってくだけろ」と決心するわけで、決して無戦術なのではない。これも1つの戦術なのだ。別の言葉でいえば「無策の策」、自分が無意識のうちに持っている策、すなわち戦術を無我夢中のうちに発揮することである。
相撲の極意に「押さば押せ、引かば押せ」という戦術がある。だが、理解の浅い人には「なんだ、だれとやってもただ押すだけで何の戦術もないじゃないか」と見えるかもしれない。しかし、これは「誰に対しても変わらず通用する基本的な戦術型を、相手が変わっても変えることなく実行しているだけ」のことである。
相手によって変えようと変えまいと、戦術があり、その戦術を実現するために技術がある。いいかえれば、試合のある進め方をするためには、それにふさわしい技術が必要だ。
戦術がまずあり そのために技術がある
ところで、戦術は短時間のうちに決定したりつくり変えたりできるが、技術は短時間で習得はできない。
私たちが卓球競技を始めるとき、まず技術の習得から取り組み、そのために大部分の時間を割くのはそのせいだ。それは、戦術と技術の本質的な関係が技術優先であるからではない。技術習得のメカニズム(しくみ)のせいだ。 このため、試合の本質においては戦術が優先するが、学習段階では技術習得により多くの時間を割くのである。
このしくみをよく理解していないと、次のような考えを持つことがある。
「私たちは技術をまず練習し習得する。自分の持っている技術でこの相手に勝つためには、技術をどう組み合わせたらよいか? つまり技術の活用のために戦術があり、戦術が技術に奉仕するのだ」――この考えは、技術をまず練習し習得するのはなぜか、を正確に把握していないために生ずるものである。正しくは「技術が戦術に奉仕する」のである。
戦いの分析から 必勝不敗の戦術の発見へ
上の文章を次のような考え方で追ってみよう。
①戦い → ②試合 → ③勝利へ → ④21点 → ⑤1点の積み重ね → ⑥一定の条件の下で → ⑦条件の分析 → ⑧点のとり方の研究 → ⑨最も点のとれる戦い方 → ⑩それに必要な技術の発見 → ⑪技術習得法の発見
以上を読んだだけで私のいわんとするところを理解された人も多いと思うが、我慢して次を読んでいただこう。
卓球での戦いは試合、ゲームである。戦いである以上、勝敗はつきものだ。卓球の試合も、勝利を争うものである(①~③)。
卓球の試合での勝利は何で決まるか。それは21点を得たときに原則として決まる。
競技によっては一挙に大量点をあげることができるものがある。卓球ではどんな点のとり方をしても一度に1点ずつしか加算されない。1点ずつふやしていって21点にするしかない。
したがって、勝利の基礎は1点をあげることにある(③~⑤)。
卓球競技には卓球競技独自のルールがある。そのルールによって、1点をあげるためのいろいろな条件が設定されている。これらの条件を無視しては、「点のとり方の研究」は成り立たない。
もちろん人間のやることだから、他の競技と共通するような部分もないではない。共通するものも、しないものも含めて、「卓球競技の条件」を考え、分析することによって、どうすれば点を得やすいか、を研究することができる(⑤~⑦)。
卓球競技の条件
現在の卓球競技の条件とは何か。少し詳しく分析し、考えてみよう。
- セルロイドのボールを使用すること
● 形状――白色の球体(直径37.2~38.2ミリ)
● 重量――硬式は2.40~2.53グラム
● 反発――正式コートの上に305ミリの高さから落として235~255ミリ(硬式)のバウンド
- 一定の高さと面積を持つ木製のコートを使用すること
● 形状――縦274センチ、横152.5センチ、高さ76センチ
● 反発――硬質の木材で、規定球を305ミリの高さから落として235~255ミリリバウンド
- 高さと広がりを持つネットを使用すること
● 高さ15.25センチ
● 長さ183センチ
- ラケットを使ってボールを打つこと
● 材質――木。表面は木生地、一枚ラバー、表ソフト、裏ソフトの4種類
● 形状――無制限
● 重量――無制限
- 大気中で行うこと
● 空気のボールに対する抵抗がある
- 人間が行う
● 人間の運動能力ーー人間の運動能力には限界があり、これを無視できない。同時に、この限界は少しずつ押し広げることができる限界である。
スポーツにおける人間の身体運動のしくみを簡単に説明すると、次のようになる。
目や耳などの感覚器から刺激を受けると、これが大脳の運動中枢へ伝わり、そこで反応する運動の命令が出され、末端の運動神経へ伝わり、ここからの電気的な刺激で筋肉が収縮して外見的な運動が起こる。
この際、人間の身体や手足の長さから考えて、刺激が感覚器→大脳→末端へと旅する距離は約2メートルである。
一方、神経の刺激を伝達する速度は秒速100メートルである。とすると、人間が刺激を外界から受けてから身体運動としての反応を起こすのには約0.02秒(100分の2秒)かかる、というわけである。
しかし、このくらいの速さのものは、反射運動であって、スポーツのように複雑な判断や選択を必要とする反応運動にはもっと多くの時間がかかることが知られている。
東京オリンピックのときに、日本代表選手を被験者とした実験でも全身複雑反応では0.3秒かかっている。
筆者がNHKテレビの「生活の知恵」という番組で、「運動神経」をテーマにしたときに被験者となった実験では、単純反応で0.1秒強の時間がかかっている。
熟練したスポーツマンは、自己の専門種目になればむずかしい複雑反応も単純反応としてこなしてしまうようになるが、0.1秒が限界ということはいえるようである。つまり刺激が与えられてから運動を起こすまでに、どうしても0.1秒はかかる、ということである。
スマッシュの速さは秒速20数メートル
個々の条件の分析は以上のようなものだが、これで十分とはいえない。これらの条件の組み合わせによって、新しい条件が発生するからだ。
* 相手との距離
* ボールの飛ぶ速さ
* 打球のために動かねばならぬ距離
などである。
相手との距離は、274センチの長さの台をはさんで、時には近く、時には遠くなるが、現代の攻撃対攻撃戦では平均4メートルと考えることができる。
実験によれば、スマッシュの際にボールがラケットから飛び出す瞬間の初速は秒速20数メートルである(スウェーデンでの実験では25メートルを記録している)。
もちろん、空気の抵抗と、相手コートとの接触とによって、インパクトからインパクトまでの平均速度はこれよりも落ちる。
相手との距離4メートルを平均20m/秒で飛ぶと考えると、スマッシュボールのインパクトから相手ラケットの位置までの所要時間は0.2秒である。
下の図は、実物の40分の1大のコートの平面図である。エンドライン近くにバウンドしたボールを、エンドラインから20センチほど外の点Aでスマッシュしたとすると、このボールが飛ぶ範囲は、AGCとAHDの間である。AGまたはAHをボールは0.2秒で飛ぶ。

相手は打たれたのちに素早く反応し、動作を起こしたとしても、それには0.1秒かかるから、あと動くのに時間は0.1秒しかない。
人間の身体の動きの速さは、加速度がついているときでも10m/秒が最大と考えねばならないが、速度0の状態から発進した手や脚の動きを最大限に考えてみても、0.1秒の間には1メートルの運動が精いっぱいであろう。
4メートル離れた距離にラケットを構えている相手が、ちょうどAGC、AHDの中間のB点にいたとしても、0.1秒では両サイドのボールをとらえることはできない。 もし相手の身体がEの位置にあるならば、Bより遠く(F寄り)に打たれたボールをとらえることはできない。
もしスマッシュ側の打球点がA’の点に移動するとスマッシュが左右へ飛び得る角度は大きくなる。
これに対して台の近くで返球しようとすれば反応する時間が足りなくなり、退いて4メートルの間隔を保てば、左右に動かなければならない距離はB点にいるときよりも大きくなってしまう。
このように、卓球競技をとりまき、つくり出す条件をいろいろと分析すると多くのことがわかってくる。
”良いボール”とは?
こうした条件の中でボールを送り合い、相手が返球に失敗すれば1点をとることができる。
ところで、相手が返球できないようなボールにはいろいろな性質があり、いろいろな種類がある。 普通、相手が返球できないような性質を持ったボールを「良いボールだ」とか「威力があるボールだ」とかいうが、このボールが「良い」「威力がある」と呼ばれるためにはどんな性質を持っていなければならないか。いうなれば「球威の要素」を分析してみよう。
球威の要素
①時間
②回転
③球道
タイミングの早さと打球の速さ
1.時間
時間にはボールのスピードとボールを打つタイミングの問題がある。
1)ボールそのもののスピードは、大きければ大きいほど相手位置に届くまでの時間が短くなる。
2)ボールを打つタイミングは、早ければ早いほど同じ球速でも相手位置に届くまでの時間は短くなる。球速そのものによるにせよ、打球のタイミングによるにせよ、相手位置に届く時間が短いことは球威の一要素である。
3)球速の変化と打球タイミングの変化も、相手の打球感覚や打球動作、移動動作を狂わすことがあり、これも球威の一要素となり得る。
回転の量と回転の変化
2.回転
ボールの回転は、
- ①無回転
- ②前進回転
- ③後進回転
- ④左右回転
- ⑤2と4、あるいは3と4の組み合わせによるいろいろな斜め回転
などに分けて考えることができる。
1)①をのぞいて、②~⑤までの回転の量が最大であれば球威の一要素となり得る。
2)同じ方向の回転でも、その回転量の変化は、球威の一要素となり得る。
3)①から⑤までのいろいろな方向の回転球を組み合わせることによる変化は、球威の一要素となり得る。
遠い位置や逆コースへ
3.球道
球道を考えるときは、左右方向と上下方向とを別々に、あるいは合わせて考える必要がある。
1)球道が相手位置から(左右方向や上下方向に)遠ければ遠いほど球威の要素となり得る。
2)球道が相手の動きや予期と違う方向であればあるほど球威の要素となり得る。(打球フォームの組み合わせや打球モーションの変化が関連してくる)
3)いろいろな方向への球道の組み合わせが、ある球道のボールに特別の威力を持たせることがある。これらの球威の要素は、どれをとり出してみてもこれさえあれば1点とれる、ということはない。ボールのスピードがいくらあっても、構えているラケットに向かって打ったのでは返ってくることがある。いかに回転がかかっていても、ちょうど正しい角度のラケットにぶつかれば返球されてしまう。いくら相手の身体から遠くのコート上にボールを弾ませても、ゆるい高い球であれば相手は楽々と返球できるだろう。どの球威の要素にもそれだけでは絶対的な価値はなく、それぞれが相関連して初めて点をとれるだけの威力になる。
スピードボールが最も得点打となりやすい
いいかえれば、球威の価値は相対的なものである。
それでは、いままで考えてきた1つひとつの球威の要素はみんな同程度の価値しかないのだろうか。
そうではない。点をとりやすい球威と、それほどでもないものとがある。
すでに見てきたように、現在の卓球競技のいろいろな条件を考えてみたとき、ボールの最大限のスピードこそ、最も価値の大きい球威の要素である。
これが球道と組み合わせられたとき(例:4メートル以内の間隔をおいて対した相手のラケットの位置から1メートル以遠に全力スマッシュが打たれたとき)この球威は絶対に近い得点能力を持つ。なぜかといえば、それは相手競技者に人間能力の限界を超えた反応を要求するからである。
回転球には、人間がつくり出す回転である以上、相手の技術の限界を超えた反応を要求することはあっても人間能力の限界を超えた反応を要求することはない。 球道と球速の組み合わせによって出てくる球威の価値は、そのときの卓球ルールがもたらすものである。
ネットが17センチ以上の時代(1937年以前)がかつてあったが、このときには直線的な弾道のスマッシュをすることは率の悪い、危険な行為だった。台の幅が現在よりもはるかに狭ければ、いくら球道に大きな角度をつけ、変化をつけてみても、人間の能力の限界以上の動きを相手に強制することはできない。
ボールそのものの材質が軟らかく、軽くてスピードが出なかったり、出てもすぐ衰えるものであれば、球速の持つ相対的価値は低下する。
ラケットの表面がボールに前進回転を与える度合いが用具の改善によって増大すれば、最大スピードを与える打法の打球点は低くなり得る。つまり、それだけスマッシュチャンスが増える。それはネットの高さが下がったのと同じことである(木→コルク→一枚ラバー→ソフトラバー、と現代になればなるほど攻撃系の選手が勝利する率が増えている)。
その時代のルールはその時代の卓球の条件である。その時代の条件をよく分析し、研究することによって、最も点をとりやすい球威を主軸にした戦い方を知ることができる。
その戦い方ができ、その球威を得るためにはどういう技術が必要かを考えることが次に大切なことであろう。
その技術を習得するためには、どのような習得法をとればいちばん効果的であるのか。⑦~⑪
いろいろ考えてきたが、⑨の「最も点のとれる戦い方」は、その時代の⑥⑦いかんによって変わってくる。
そのときの⑥ (一定の条件)が変われば変わるし、⑥が同じでも⑦(条件の分析)のやり方が違えば変わってくる。
例えば、ボールの威力ということを考えるとき、その国の長年の伝統や個人の好みが作用すると、前進回転球に特別の価値を付加して考えたり、相手の失敗に対する期待(ボールの安定性)に特別の価値を付加して考えたりする。
このために国によって戦術やラバーのシェア(選手占有率)が異なったりするし、その現象面だけをとらえて戦術やラバーの優劣、あるいは性質などを云々する混乱が起こったりもする。
こうした混乱は主として指導者に多い。選手は本能的にその時代の最も勝ちやすい方法へ多く集まるものである。
戦術は1つにしぼられない
最も点のとりやすい球威を駆使する戦術に多くの人が集まるのは自然な現象だが、球威が相対的なものである以上、卓球選手のすべてが同じ戦術を採用することはあり得ない。勝ちやすい戦術に大部分のものが集まれば集まるほど、残された別系統の球威を主軸にする戦術の価値は増すのである(希少価値ということもできるし、相対的な価値の増大ということもできよう)。
仮に⑧-Aを最善として、その戦術の選手占有率が最大になっても、必ず次善の⑧-Bの存在価値が数は少なくなるが残り、⑧-C、⑧-Dと占有率は低くなっていくが、そのために勝つ率が高くなる戦術が存在するのである。
必勝の戦術と不敗の戦術
試合はもとより勝利を目標として行う。勝利には2つの面がある。
1つは自分が勝つという面である。
1つは自分が負けないという面である。
どの面を目標にしても、成功した場合には自分が勝利者となっている。
卓球競技には引き分けがないから、自分も相手も負けなかった、ということはない。自分が負けなければ相手が負けているのである。同様に、自分が勝てれば相手は負けているのである。
戦い方を考えるとき、どちらを主たる目標にするかで、戦い方とそれに用いる技術は大いに違ってくる。
必勝=攻撃
勝つことを主たる目標にする考え方の極は”必勝”である。必ず勝つことを目標にするとき、得点のすべては自分の力で得るものでなければならない。
相手の失点を何分のーか計算に入れる勝ち方は、極の考え方ではない。すでに考えてきたように、自力で点をとる可 能性の最も大きい球威の要素は時間である。球速とタイミングを最も大きく速くするものは、頂点打のスマッシュ打法である。
スマッシュの成功率は、打球点の高さに依存している。スマッシュするとき、打球点がネット以上の高さであることは必要十分条件であるといえる。
すなわち、必勝の戦術の極は、オールスマッシュ × 頂点打である。必勝戦術の極は極端な全攻撃戦術である。
一般に攻撃選手といわれる者でも、この攻撃の極の戦い方ができる者、できないまでもこれを採用する者はほとんどいない。そのためには人間として最高のスビードと最高のパワーと、最高の回復力が必要とされるからだ。
その上、オールスマッシュ戦術は、自力で得点する可能性が最も大きいと同時に、自力で失点する可能性も最も大きい、両刃の剣のように危険な戦術であり、これを採用して自信と成算があるためには、すばらしく高度な技術を持たねばならないからだ。
だが、この必勝の戦術の極致は、 1つの理想の極致として、攻撃選手の血を燃え上がらせずにはおかない。現実の姿としては、自己の能力と練習環境から見て、どの辺で極に近づくのをあきらめて妥協し、後を守備的なもので埋めた戦術を採用するか、ということにすぎない。
不敗=守備
負けないことを勝負の真髄とする立場は勝負の世界には多い。数多くの例をあなた方も知っておられるだろう。かつてネットが高く、台のバウンドが低かった昔、負けないということを目標に試合した選手の全盛時代があったことは卓球の歴史にも明らかである。
卓球の試合で負けないということは、相手に点をとられない、点を与えないことである。
現在の卓球競技の条件で、相手にとって点を得る可能性が最も高い球威は、球速と打球タイミングによってもたらされる”ボールの到達時間が短いこと”である。そのためには打球点の高いことが必要十分条件である。
とすれば、点を与えないことを自己の戦術の主目標にする者は、相手に低い打球点を与えることが戦術の第1の基盤である。それでもなお相手は頂点打とスマッシュ打法による攻撃をかけてくる。相手打球に時間的にも距離的にも間に合う位置の確保が不敗の戦術の第2の基盤である。
第1の、相手に最も低いボールを送るためにはどういう方法があるだろうか。
自分の送球がネットを越えるだけの高さを持たねばならないことは1つの宿命的条件である。これを避けることはできない。
だが、高いところから落としたボールは高く弾み、低いところから落としたボールは低く弾むことを考えよう。
ネットを越えるときが自己の送球の飛行線のうちで最も高い部分にならなければならない、ということに気づかれるだろう。だとすれば、打球点は少なくともネットと同じかそれよりも低いことが必要である。低ければ低いほど、バウンド後の放物線の伸びは少ない。
ということは、頂点の区間が短いということであり相手にとってスマッシュ打法を行えるチャンスが少なくなるのである。もし、この打球点からのボールに後進回転(バックスピン)がかかっていればバウンドの伸びはさらに短くなる(下図1)。

したがって、打球点が低く、ネットを越えるときが飛行線の最高点であり、後退回転のかかっているスピードの遅いボールを送れる打法(カット打法)を主軸にする戦術は不敗の戦術であり、すべての打球をこの戦術に徹するならば、それは不敗の戦術の極致である(守備的な技術は打球点の低いカットがその代表的なものであるが、まだ他にもある。打球点の低い、スピードのない、バウンドが伸びず無回転あるいは後退回転のかかった、ショートなどもその1つである)。
相手に攻められるがスマッシュの最適打球点を与えない、という意味では、猛烈な前進回転がかかって伸び、サイドスピンが混じっているためにバウンドが曲がり、エンドラインいっぱいに入り、すぐスマッシュ最適打球点を過ぎて高くはね上がり、再びスマッシュに適する高さにもどってきたときには台から遠く離れている打球、すなわちロビングも、下図2のA’のような打球点を相手に強制できるときには守備球としての役割を果たす。一般に守備選手といわれる者でも、この不敗の極致に徹する戦い方をする者はほとんどいない。

そうするためには人間として最高のスピードと、最高の柔軟性とバランス、最高の持久力が要求されるからである。その上、オールカット戦術は、相手に得点させる可能性を最も少なくすると同時に、自力の得点の可能性も最も少なくする。相手の技術的なエラーによってしか自己の点は加わらないのである。
したがって「負けないが勝てない」、これまた両刃の剣である。1937年の世界選手権女子シングルス決勝で、アーロンズ、プリッツィともに失格した故事はこの説明の1つである。
だが、絶対不敗の境地を目指すことは、1つの理想として選手の胸に燃え続けていくだろう。
現実の姿としては、自己の能力と練習環境から見て、どのあたりで極に近づくのをあきらめて妥協し、攻撃的要素をとり入れた戦術を採用するか、ということである。
特に現在は、国際卓球連盟の促進ルール採用により、一定限度の時間で守備戦術に区切りをつけ、攻撃戦術へと切り替えねばならなくなってきている。
極と極との中間
この立場に立って戦う者は自分の力では勝ちもしなければ負けもしない。また同時に勝ちもするし負けもする。結果は相手しだいであり、気まぐれでもある。
このような立場に立った戦術に終始する者は数の上では圧倒的に多いが、これらの中から歴史的な大選手や名選手の生まれたことはない。
卓球史上の大選手、名選手の戦術を分析し研究すれば、彼らがこの中間的な立場をできるだけはなれ、極から極へと身を置いて戦ったことを知ることができる。
必勝の立場がとれなければ不敗へ転じ、不敗の立場から機をとらえて必勝の立場へと転じつつ、球史に残る名勝負、大勝負の数々はつくられていったのである。
私は、この書で史上に残る名選手や、現在第一線で活躍中の一流選手の戦術を取り上げるのだが、できればその戦術のもととなる考え方や時代背景、そしてその戦術運用のための技術、などにも光を当ててみたいと考えている。
戦術の一般的諸原則
卓球に限らず、いろいろな戦の術に共通する原則をいくつかあげて考えてみることにしよう。これらの原則に合致する考え方や戦術が、本書中に活躍する卓球選手の例にもたくさん見られるからである。
A. 自分と相手の実力が同じ場合
相手を多く動かし、自分は少なく動く
1.一般的にクロスボールを多くすることは、上の原則に合致する。一方がクロスばかり、一方がストレートばかりの練習をしてみるとよくわかるだろう(図A参照)。

2.自分の次の動きを少なくするという目的からは、打球現在地からの対角線に送球すること(図B)の方が、ストレートに送球(図C)するよりもずっと有利である(灰色部は相手返球の可能範囲であるとともに、自分が次に動かねばならぬ範囲と方向である)。

3.送球点を左右、前後に変えて相手を大きく動かす。図Dはボールの動きを示したものである。
ラケットの動きが大きいことは、それを選手や腕、身体の動きも大きいことになる(図E)。
このようなラリー展開は、3の部分にバックハンド攻撃技術を使う李赫男(中国女子)や荘則棟(中国男子)が日本のフォアハンド主戦の攻撃選手と対戦したときに特にねらうものであるが、図を見ただけでもこのようなラリー展開が相手選手にとって動きが大きく不利なことがわかるだろう。



相手の消耗は多く、自分の消耗は少なく
同じインパクトの速さを出せるなら短いストロークの方が有利。ドライブ対カットの粘り合いのラリーは実戦でよく見られる。
現代の卓球でも最高の選手が集まる世界選手権大会などでは、がっぷりと四つに組んでゆずらぬ粘り合いが行われる(深津対林慧卿=28回女子単決勝、張燮林対シェラー=28回男子単準々決勝など)。
この場合、図FのABやEFのような長いストロークよりもCDやGHのような短いストロークを採用して粘る戦術の方が自分の消耗度が少ない。
村上輝夫にしろ林忠明にしろ、カット打ちの名手といわれた人にはショートストロークが多いし、現代のカット主戦選手でもシェラーや鄭敏之はショートストロークで活躍している。
カット打ちになった場合、自分は粘れないので早めに決定球を打つしかない、というような選手はたいていストロークが大きい。
チャンスを待たず早めにたたく1つの理由は、大振りで長時間続けて打つのでは消耗が大きすぎて不利だと感じるからでもある。また、大きなスイングは開始してからの変更が困難である。インパクト間近くなってから回転が予測と違っていることに気づいても、すでに加速度のついてしまったスイングを方向転換することはむずかしい。
相手の混乱は大きく、自分の安定は大きく
1.相手に不正確な情報を与えること
1)たとえばバーグマン。カットをしていて楽にとれるストップをかけられた、とする。打てるボールだ、と思う。だが打たない。
19-19とかの勝負どころで確実な一点がほしい。それまでは動き回ればタイに持っていける成算がある。だとすれば、ここでは打たないどころかむしろこのストップに対するスタートをわざと少し遅らせて、やっととってみせる。
返すのがやっとで、打つなんてとんでもない、と相手に思わせる。
相手は、
「いくらストップしても全然打たない」
「ストップに対してのスタートが遅い。いまにエラーするかもしれない」
などと判断しやすい。
ひとたびストップのクセがつくと、後半で「やってはいかん」と自分で思いながらストップを重ねてしまうこともよくある。
バーグマンはこの種の心理作戦を得意とした。
1956年から59年にかけて欧州の第一人者であったベルチック(ハンガリー)も、ゲームの後半のヤマ場までは確実にスマッシュで得点できるボールもわざと打たず、後半での連続得点をねらう戦術を使っていた。

2)バーグマンはこのほかに、ゲーム開始直後からわざと荒く呼吸をしてみせて、ばてているように見せかけたりして相手のペースを乱した。
3)張やバーグマンは、リードしていて相手に焦りが出やすいときにわざとボールをクロスに浮かせてスマッシュを誘い、これを待っていて低く返球し、相手の追い打ちのミスを誘発したりする戦術もとった。
4)ピンチに陥ったときに表情を変えず、心中の動揺を相手に見せぬことは多くの選手が実行している。
2.相手の手のうちを見抜き、自分の手のうちを見せない
試合前の練習は、お互いに相手の戦術や技術を探る重要な機会である。
1)一本だけ得意の球を打ってみて、それに対する反応で相手の実力を見るやり方もある。富田芳雄などがよく用いた。
2)自分は全然得意な球を送らず、相手の様子だけ見るやり方もある。上位の選手が下位の選手と対戦した場合などによく用いる。下位の選手には玉砕戦術をとる者がかなり多く、練習のときから自分のありったけの力を出してくることが多いからだ。
3)1つの試合に、自分の持っているいくつかの戦術と技術の一部で勝てる場合、他の部分はとっておく方法がある。
選手の中には、1つの試合に自分が持っているすべての技術をさらけ出さないと気がすまない人が案外多いものである。
だが、この試合はこの方法だけで勝てる、と決まっている場合は、他の戦術をつけ加えるのは決して実質的な有利を招かないどころか、不利を招くことが多い。
第1、21-15で勝っても、21-10で勝っても、勝ちは勝ちである。楽に勝てる試合の点差を5点開いても、実質的に大きな利益はない。
第2に、新しくつけ加えた戦術が、従来有効だった戦術と相反する性格の場合が多い。カットで勝てるのにリードしたからといって攻撃をむやみに入れたらカットがおかしくなってしまった、という例は枚挙にいとまがないほどだ。
さらに、次に当たる相手が自分の試合を観戦しているかもしれない。当面の敵を大差で破ることに夢中になって、自分の第2、第3の敵に対しての備えを自ら崩している例が多い。
また、この試合は勝てそうだから、次の試合の練習をしよう、というような気持ちも、かえって自分の混乱を招く。
また、全体の雰囲気からいって相手をジリジリと圧倒していき、試合が20分、30分と進むにつれて相手の気力が「青菜に塩」のように萎えているときに、突然違ったことをやると、それが冷や水をぶっかけたような効果を生んで急に相手が思い切りよく立ち直ることがある。
4)相手の心理の変化を見抜く
これは態度が急に変わっても同じである。ゲーム後半で決定的なリードを奪ってホッとして慎重になったとたん、相手に思い切られて逆転される、などがその例である。
筆者は逆転勝ちが最も多い部類の選手生活をしたが、こんな例がある。
1959年の全日本選手権大会の準々決勝で早大の新庄と対戦、2−2となり、第5ゲームは押しまくられて17−13と大きくリードされた。新庄は関東学生界の第一人者であり、実力からいっても筆者は敗戦の土壇場に追い込まれた。
この17−13になったあと、新庄が筆者にも聞こえる程の大きな息を吐いた。普通、人間の呼吸は吐いたあとも何分の一かは肺の中に空気が残っているものだが、このときの吐息はその前に吸った分量以上、かなり残存部に食い込んだような力の抜ける吐息だと見た。
筆者は「今だ!」と思い、猛然と攻撃に転じ、そのまま逆転した。そのとき以外に新庄を破る勝機はなかったであろう。
3.思い切った手を打って相手の精神安定を乱す
剛球で鳴らした角田啓輔が現役選手中、国体決勝であるサービスの上手な選手と対戦した。
この選手のサービスのうちでも、特に角田のフォア側に小さくくる斜め回転のサービスがいやであった。当然このサービスを出されると思った角田は、後半に使わせないためにある作戦を立てた。
それは、前半にこのサービスを出されたら、入っても入らなくても思い切ってスマッシュするのである。
一発で入って抜ければ、相手は「後半の大事なところで一発で抜かれてしまう」と思って使わなくなるだろう、と考えたのである。
ところが最初にそのサービスがきた。これを予定通り思い切ってたたいたら、見事に入って抜けてしまった。
角田にとっても計算外のファインショットだったが、相手はそれ以上に恐れをなし、以後その試合中1本もそのサービスを使わずに終わった、という話がある。
角田の勝利に終わったことはいうまでもない。
相手の危険率を高く、自分の安全率は高く
カットの不敗戦術の基本型に、「切らないカットを基調とした戦術」がある。
切らないことによって粘り合いの消耗を防ぎ、相手がスマッシュやストップ、またはループドライブや速いドライブをかけてきたときの激しい動きに備えるのである。
そして上記のような攻勢を相手がかけてきたとき初めて強く切ったボールを送ったり、サイドスピンをかけたボールを送ったりして自分も力を使って変化をつける。
この変化のついたボールを相手が攻撃するとして考えてみよう。
先に粘り合いから均衡を破って力を使い、勝負をかけてきたのは相手である。このとき、相手が全力を投入したとすれば、そのための体力の消耗や身体のバランスの崩れ、位置の片寄り、などが起こる。そして、このこと自体でそのボールをミスする危険率もある。
攻撃側のリスク(危険負担)は1回である。これに対し、守備側がこれに応じた全力の動きをし、変化球を送れば守備側にも上記の危険負担の機会は1となる。このとき、攻撃側が引き続いて再全力攻撃をかければ、危険負担の機会は2対1となる。
このようにして、すべてのラリーで常に相手側に先に危険を1回多く負担させるようにして戦うのが、不敗を目標とするいわゆる本格派のカット戦術である。
この戦術を採用する現代の選手には張燮林(中国)がいる。この戦術をとるためには、スマッシュを返せるフットワークと、スマッシュやループを強く切り返せるカット技術が必要であることはいうまでもない。
最初から切っていて、スマッシュされたら切らずに返すのも、一つの変化カット戦術だが、これは常に自分が1回先に力を使う点で危険率も高く、スマッシュされるとそのまま抜かれてしまうことが多い。
また、スマッシュを拾えないので、まず打たせないために切る、という場合が多い。これは「自己の技術に限定されてしまった戦術」の例である。この種の戦術しかとれない選手の中からは、かなり高水準の選手が出ることはあっても、世界的なカット選手が生まれた例はほとんどない。
スマッシュを打つことは相手の危険率を増すことになるのはいうまでもない。問題は自己の安全率をどう増すかである。
いくらスマッシュでも、同じ地点に上がったチャンスボールをいつもクロスにばかり打っていてはとられる。ストレートにも打ち分けなければならない。打ち分ける基準にはいろいろある。相手の動きも見なくてはならない。
だが、自分の方の危険率を少なくするという観点からだけ見れば、次のようなことがいえる。
同じ地点に上がったチャンスボールをスマッシュするとき、高めの球はストレート、低めの球はクロスに打つ。
低い球をスマッシュすると球は直線的に飛び、スピードがあればあるほど(スマッシュだからスピードが最大なのは当然だ)落下し始めまでに多くの距離を飛ぶ。
高い球は打たれた直後から下向きに飛ぶので、短い距離で台の高さまで落ちる(図G、H参照)。


低いボールのスマッシュはクロスに打った方が危険率が少なく、高いボールはストレートに打っても危険率が高くならない。
あとは、フォームがどこへ打つかわからないようにすることと、相手の待ちを読んではずすようにすることである。
以上は、自分と相手の実力が同じ場合、あるいは違っていても一般的に通用する戦術の原則とその例である。
今度は、自分と相手の実力が違う場合について考えてみよう。
B.自分の実力に相手の主戦術よりも上のものがある場合
相手にいちばん強い武器を出させてもこれに勝てる成算があれば、それがいちばん確実に勝利を得る道である場合がある。なぜなら、駄目だとわかっていても、自分の得意なことはついやってしまうものだし、たいていの場合、得意なものは自信過剰の傾向があるからだ。
1)反撃が得意なカット主戦選手と対戦して、カットを攻略する1つの手段として相手の得意な反撃を利用するのもその一例である(この場合、カット選手の反撃をショートなりロングなりで返せる技術が必要である)。
カット選手が反撃をする場合、台に近寄りながらやるようにさせる。台に近づけばその位置はカットには不向きである。
このときにカット選手の反撃球を速いプッシュや伸びるドライブボールで返すと、近い位置でつまってカットするようになり、ボールが浮く。これをねらって攻撃する。
このような方法でカット攻略を行った選手に佐藤博治(1952年世界チャンピオン)、荻村伊智朗(1959年世界チャンピオン。対マイルズ準決勝戦でこの方法で逆転勝ち)がいる。
得意にこだわれば勝利を逃がすことがある
2)これを逆から見れば、得意にこだわれば勝ちを逃がすことがある、ということになる。
1966年の日本対中国の対抗試合で、中国の女子ジュニアチャンピオンの盛新華が全勝を続けていた。日本側はなんとか盛を破ろうと秘策を練った。
盛の長所は、ツッツキ打ちのうまさである。盛は薄めの弾まないラケットを用いていたため、日本選手なら粘る低いツッツキのボールを思い切りよく打ち、ちょうどそれがエンドラインぎりぎりに落ちるぐらいの強さで打たれるのだった。
日本選手はこれで抜かれるか、押されて次のスマッシュで点をとられていた。
当時日本を代表する女子ジュニア選手は、当時の女子ジュニアチャンピオンの大関、その後の高校選手権で優勝した平野、後藤らであった。
日本の女子ジュニアクラスの試合では、バックへカットサービスがくればほとんどツッツく。上記の選手も例外ではなく、むしろ、その後のツッツキからチャンスをとらえて攻めるのが上手であるために国内試合で良い成績を残し、日本代表の資格を得たのだった。それが得意の技術であるがために、負けても負けても同じ試合を繰り返す結果になった。
ところで、試合を分析してみると、こちらのサービスのときは分のある戦いをしている。問題はレシーブのときに圧倒的にリードされるのだ。
盛のサービスのうち最も頻度の高いものは図Iのようなバッククロスのサイドスピンサービスで、これが右利きの選手のバックサイドラインに切れ込むためにバックのツッツキで返すようになる。
サイドスピンがかかっているのでクロスに返りやすいのと、ストレートをねらってもフォアクロスに打たれるとかえって大きく動かされることになるからだ。
盛はフォアハンドでこのサービスを出したあとバック側に回り込んで第3球攻撃をかける。わかっているがそこへ返す。せいぜいできることはツッツキを低くねらったり、切ったりして打たせないようにすることだけだ。
だが、先に述べたように、盛のラケットは打撃戦では弱くても、ツッツキ打ちにはもってこいのラケットだった。
打てるボールの高さですでに盛の方に分があるとしたら、レシーブのツッツキは不利である。レシーブから打撃戦にした方がよい。

そこで日本側としては、最終戦までの約1週間、ジュニア代表に、このバックへくるサイドスピンサービスをフォアで回り込んでストレートへ打ってレシーブする練習をしてくるように、と要請した。
やがて最終戦がやってきたが、忠実にこれを実行した平野が盛をこのレシーブ戦術で破った。
C.自分の実力が相手よりも低い場合
相手の強いところを避け、相手の弱い部分をねらって自分の全勢力を集中し、部分的勝利の積み重ねで対抗する。
自分の主戦術と相手の主戦術との正面衝突で勝ちみがなければこれを避けるばかりか、相手の従戦術に自分の従戦術で勝ちみがあれば、自分の主戦術を捨ててでも勝利を得られる方法をとるべきである。
たとえば相手のロング戦の強さが10、自分のロング戦の強さが7であり、自分の近接戦の強さは4であるとする。相手の近接戦の強さもまた4だとすれば、勝ちみの少ないロング戦を捨てて、五分五分の近接戦を選ぶべきである。
ただ、試合を練習と考えて、負けてもよい、自分の主戦術を鍛えるんだ、と割り切っている場合はこの限りではない。あくまでこの試合をなんとかして石にかじりついてでも勝たねばならない、と決めた場合の例である。
金の不得意な近接戦に持ち込んで快勝した鍵本
1967年の世界選手権男子団体決勝戦で、日本の鍵本と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の金昌虎とが8番で対戦した。
金はそれまでに長谷川、河野の両日本代表をはじめとして、予選、本戦すべての試合に勝ってきている。絶好調であった。
これに対して鍵本は、ソ連戦でも失点し、北朝鮮戦でもその前の試合で相手のNo.3の鄭良雄に負けている。満場が金の勝利を予想したのも無理はない。
鍵本は強打型の選手ではない。小さいサービスやレシーブで相手の攻撃を封じておいて、次に相手より少しずつ速めのテンポのラリーを続け、しだいに自分のペースに持っていく。
フットワークがよくバックサイドへ回り込んでのクロスのスマッシュが得意だが、ボールをまっすぐ遠くへ飛ばして点をねらうには非力なので、流しボールを使って返球をむずかしくさせて得点をねらう。このあたりは、富田芳雄とも一脈通じるものがある。
だが鄭との試合では、相手の攻撃を封じようという意識ばかりが目立って自分からの積極的な攻めが見られず、攻めてばかりいた鄭は後半だんだん当たりがついてしまった。
私は、鄭に負けて帰ってきた鍵本に次のようにアドバイスした。
「小さく止めて相手を泳がしていくのは自分の得意だから、うまく使わなければならない。だが、金はロングを引き合えば長谷川より強いが、トップで思い切って攻められれば中国選手とやるクセですぐ台から離れる。金が離れれば、君のショートやストップ性のツッツキも生きる。3本に1本はミスを覚悟で思い切ってスマッシュしろ。特に試合の初めに前でのスマッシュを連発しろ。必ず下がる。また、スマッシュがうまく入って点をとれば、相手はつられて自分の得意なドライブ戦を捨ててミスの多い速攻戦にくるかもしれない。止めてから下げることばかり考えてはいけない。下げてから止めることも考えろ。思い切って一発やれよ」
鍵本の活躍はすばらしく、戦術もあざやかに金を前後にゆさぶってほんろうし、満場が目を疑ううちに2-0、ストレートで金を下し、日本優勝を決定してしまった。
特に前半で、金のスマッシュを台のそばで体を横向きにしながらも絶対下がらずにスマッシュで抜き返したファインプレーが数本あり、金が心ならずも不得意な近接即決戦術に引き込まれていくのがありありと見えた一戦であった。
戦術の基盤はフェアプレー
自分が立派なスポーツマンであることを信ずる者は、同時に、相手もそう信じてよいことを認めなくてはならない。
戦争では一方が正なら他方は邪であり、正はあらゆる手段を弄しても邪を打ちくだく理由がある、などという論理がまかり通るものだ。
だが、スポーツマンの世界はそうあってはならない。また、そうでないからこそスポーツなのだ、ともいえる。
戦術の諸原則の運用はあくまでもルールとその精神にのっとり、相手も自分と同じように立派なスポーツマンであると認め合ったフェアプレーという基盤の上に打ち立てられた手段でなければならない。
これを自分本位に拡大解釈して運用すると、汚い試合運びになってしまう。
1. 相手にボールを返すときにわざと遅く返したり、電球のすぐそばを通るように高く投げ上げて返して相手をイライラさせる。
2. サービスを持ったらなかなか出さず、相手をじらす。
3. 試合中に汚い言葉を使ったり、やる気のない素振りを見せたりして、相手を怒らせたり気を抜かせたりしておいてがんばる。
4. 試合中にわざとこっけいなジェスチャーをして相手の闘志をはぐらかす。
5. 呼び出されてもわざと遅く出ていって相手をイライラさせる。
故意にやったかどうか判定のむずかしい場合もあるし、どこからが汚い、と境界がはっきりしない場合もある。しかし、多くは自分でわかることである。マナーを通してではなく、ラリーを通して相手を倒す工夫をしたいものである。
あとからひとこと
”失格者”変じて“両者優勝”
75年に及ぶ世界選手権の歴史の中で、たった一度だけ使われた『特別ルール』がある。それは1937年(昭和12年)のことで、「1時間45分たっても勝負がつかなければ、両者失格」というもの。
前年に1ポイントをとるのに2時間以上の粘り合いがあったり、団体戦で11時間かかったりという超・長時間試合があったためである。
ところが、この37年大会の女子シングルス決勝で、「両者失格、優勝者なし」ということが起こり、大変な騒ぎとなった。
アメリカのアーロンズと地元オーストリアのプリッツィが対戦。ともに守備型。ツッツキの粘り合いとなり、ゲームオールで迎えた第5ゲーム、プリッツィ19-16とリードの場面で1時間45分に達し、両者失格となったもの。
2001年の総会で国際卓球連盟は、両者優勝と認定。このため、アーロンズは2連勝、プリッツィは初優勝と改められることになった。
※協力:株式会社タマス(バラフライ/卓球レポート)













