荻村伊智朗「レシーヴの練習」-『中高校生指導講座』より

【編集部注】

本稿は、荻村伊智朗が『卓球レポート』に連載し、のちに『中高校生指導講座』としてまとめられた指導記事の一編である。

「レシーヴの練習」を題材としながら、技術の捉え方や考え方など、荻村の卓球観、技術観を読み取ることのできる内容となっている。

中高校生を対象とした指導記事であるが、そこで語られる考え方は、世代や競技レベルを越えて卓球に取り組む人々に示唆を与えるものである。

VII レシーヴの練習

A レシーヴとは

■はじめに「このみ」がある

サーヴィスがサーバーの「これからこういうふうにラリーを展開してゆきますよ」という意志表示であれば,レシーヴは,レシーバーの「それなら私はこういうふうにやりますよ」という意志表示である。

この「それなら」というのに意味がある。

これは,相手の意向と実力に対して,自分の技量や前以って用意してあったりする策戦などを考え合わせ検討した上で,「私はこういうふうにやりますよ」の前についてくるわけだ。勿論実力がダンチだったり,スポーツに必要なこの知的準備行為がなかったりすると,「それでも私はこうやります」というように受けとれるレシーヴも出て来るわけだが,一応すべてのレシーヴは「それなら」という知的準備行為を多かれ少なかれ又,意識的にも無意識的にも持っていると思ってよい。

 

しかし,一番大切なのは勿論,「私はこうやりますよ」である。こういうサーヴィスが来たら,こういうふうにレシーヴしなくてはいけない,というような原則は,最初には存在しない。このサーヴィスはカット出来ないとか,ドライヴで強打は出来ないとか,ショート出来ないなどということはない。すべて可能である。

ところが何故,実際やってみると当てて返すのが精一杯というようなレシーヴしか出来ないときがあるのか。自分がはじめに自分の好みでとった卓球のスタイルが自分のレシーヴの限界を決めるのだ。

 

自分はカット主戦選手になろう,と決めたら,その瞬間からそのスタイルに適する練習をするようになるだろう。カットを練習する時間がふえれば,ロングはあまり上手にならないのは当り前である。レシーヴもロングレシーヴよりもカットレシーヴを練習するようになろう。このサーヴィスに対してはカットレシーヴよりもロングレシーヴの方がよいのにと思っても,出来ない時が出てくるのも仕方がない。

 

レシーヴなどでも,行きづまったときには,「はじめにこのみがある」すなわち,自分が招いた限界だ,ということを思い出してみることだ。

たしかに,どうやってもレシーヴの難しいサーヴィスというものはある。しかし,それでもなおやろうと思いさえすれば沢山の応手がある。

■レシーヴはやりとりのはじめ

ボールのやりとりをラリーという。サーヴィスは「やる」だけで,とるが含まれていないから,サーヴィスだけではラリーにならず,レシーヴ以後からラリーが始まると考えることも出来る。

もっともそうするとラリーとは「やりとり」ではなくて,「とりやり」というのが正しいのかも知れない。いずれにせよ,レシーヴはリターンの初めであることには間違いなく,リターンが積み重なってラリーが展開してゆくわけだ。

 

サーヴィスは,サーバーの一方的なラリー開始の意志表示だが,同じサーバーが第3球を打つときにはすでにレシーバーとしての位置に立たされているのである。

だから,レシーヴ行為というものをつきつめて考えれば,サーヴィスを除くすべての打球行為をよく理解するためには,レシーヴについてよく考えてみる必要があるということになる。

■返球(リターン)する時の身体的行為は氷山の一角である

「身体的行為」とはすなわち,「からだの動き」「からだのはたらき」である。ここでは「知的行為」すなわち「あたまのはたらき」に対してつかう言葉でもある。

 

次頁の図を見ていただきたい。①は初めに説明した。(たとえコーチに強制されたとしても,それを受け入れたのなら,やはり自分の好みで受け入れたのである。)自分の自由意志による,最初の,スポーツそのものの根底をなす選択である。

自分はどういう卓球をやりたいのか,それをいつまでも忘れないようにしなければならない。

アマチュアスポーツの本質がここにある。「自分はこういう卓球が好きだからこういう用具を使ってこういうように練習して,こういう試合をやるのだ」ということをはっきりしておかないと,折角の練習も経験も活きてはこない。自分の卓球をいつもよく考えることが大切だ。自分の「このみ」の上にしっかりと根を張っている卓球は見ていても安定していて,すっきりした型を作りだしているものだ。

図123P

②は①の結果のようなものである。だから,当然①の上に安定しているべきものである。

ところが,そういう状態になっていなくて悩んでいる選手が案外多いものだ。自分でそれを知っている場合と知らない場合とがある。知っている場合は,大てい指導者(コーチや先輩など)の意見に抗し切れないで心ならずもそうしている場合が多い。

この場合はくよくよ思い悩むよりは徹底的に討論して,自分の疑念を打ち払って「このみ」そのものを変えるか指導者に自分のこのみを理解してもらい,協力してもらえるようにするか,いずれかして一致点を見付けるようにすることをすすめたい。

これは勇気の問題もある。知らない場合はもっとも仕末が悪い。こんどは,むしろ指導者が居ない場合などにこの種の間違いを犯しやすい。経験や知識の豊富な人の意見を虚心坦懐に聞くことは,いくら上手になっても必要なことだ。どうしても指導者を得難い場合などは,自分自身で常に「これでよいか」と疑ってみることが必要である。

 

自分の卓球の型というものは常に移り変っているものである。自分が将来造り上げようとしている卓球や,過去にもっていた卓球を,自分の現在の卓球と混同してはいけない。

自分の卓球の型(スタイル)と大きさ(スケール)をはっきり知ること,これはやってみるととても難しいものである。四角いものを丸いと思い込む程の間違いはないにしても,その日そのときの精神状態や胃の具合一つだって「スケールの大きさ」,「密度の濃さ」を大きくも小さくも考えてしまうものである。

もちろん,人の性格によって,楽観的な人もいれば,控え目な人もいるだろう。

いくら相手をよく知っても自分をよく知らなければ完全な応手は出て来ないのだから,性格までは変えられないとしても,少し勝ったり負けたりしただけで,或いは調子がよかったり悪かったりしただけで,又は胃の具合がよかったり悪かったりしただけで,気が大きくなったり,小さくなったりして判断がぐらつくような「お天気屋」にだけはならないようにすることだ。

①から②までは日頃の練習や試合等の経験を通じて得た「日常の準備」とでも呼べるものである。この準備に投じられたエネルギーの質と量の如何が一番大きく結果に影響する。

 

さていよいよボールが飛んで来る。ここでいよいよ③の「知的行為」の部が始まる。③には次のような行いが含まれる(図74)。

図124P

これだけを,相手の打球後,自分の打球までの一秒内外のうちにサッと行うわけである。

これだけを考えている時間はないように思えるだろう。だから「それは,カンさ」と片付けてしまう人も少くない。「カン」だといわれてしまうと「ハハア」と納得して,つきつめて考えない美風が日本人の間には特に強いが,「カン」の正体をバラバラにすれば,図74のようになるのである。

「カン」が鈍い,すなわち「ドンカンだ」といわれる人は,ボールを見てから最後の結論が出るまでの時間がかかる人のことである。しかし「ドンカン」も,そのものの正体がわかっている以上は,「適当な刺戟のくり返しによる学習」で「ビンカン」に変えることが出来る。

勿論,初心者はボールの回転ひとつ見分けるのにも苦労する。さらにその回転がどれだけかかっているか,どこからどのくらいの距離を,どんな抛物線を描いてどのくらいの速さで飛んで来たか,これを自分のバットが静止した状態で受け止めたときはどのような結果になるか,などと考えることは難しい。最初は一つ一つやってゆく。

他の人の練習を見ている場合などでも,ポイントの行方ばかり追ってないで,「切れた」,「ドライブだ」,「長い」,「ツーバウンドする」などと見た瞬間に球質を見わける訓練をつかむようにするとよい。

 

一流選手の神技のように見える「カンの冴え」も学習以外から得られたものではない。勿論,折角体得した「カン」も精神のバランスを失ったり,自信をなくせば「さえる」どころか実戦の役に立たないものだが,「カン」だけについて見れば,これは条件反射的知的行為とでもいえるもので,練習次第では与えられた時間のうちに行なえるようになるのである。

 

時間にすれば全くわずかだが,複雑で長い準備行為の末,決定的実行に移すのである。

実行に移すのにはバットを身体で動かす。その身体は適当な位置に脚で運ばれていなければならない。しかし,これだけの動作はリターン行為の中でほんの一部であり氷山の一角にもたとえられるようなものである。

一流選手ともなれば,他の人の一球一打の動作を見るだけで,さかのぼってその人の卓球のスタイル,戦法がわかり,どのような「このみ」をもち,どの程度の練習をしたかまで感知することがあるのだ。又そうでなくては,一流選手の条件である「いついかなるところで,どんな未知の選手にぶつかっても良い試合をする」というわけにはいかない。

■レシーヴ技術の要点

自分のこのみによっていろいろなレシーヴ(打ち返し)の技術をおぼえ,自分の卓球を組立ててゆく,ということはわかったと思う。

これから,こういうサーヴィスをこういうボールで返したいときにはこうして,ということを説明してゆく。

この説明が頭に入ったら,こんどはその技術を身につけなくてはならない。頭でわかっただけでは本当の理解とはいえない。実践できるようになった時こそ本当にスポーツマンらしい理解ぶりをしたといえるわけだ。

さて,身につけるためには練習すればよい。だが,ただ頭にある技術を思い浮べながら練習するだけでは時間の無駄使いも起ってくる。やはり,技術の要点を覚えておいて,それに注意しながら能率のよい練習をした方がよい。

技術の要点とは

①バットの角度

②バットの運動方向

③バットの運動の速さ

と,大ざっぱに考えてもよい。足の構え,腰の捻り,腕の振りなどは,すべてこの①②③が適切に行われるための補助手段である。補助手段の方に重きをおくような練習をしないようにすることだ。

教える方も教わる方も「フォームあってのバットの運動」ではなく「バットの運動あってのフォーム」だということに注意しないと,ピントの外れたような選手ができてしまう。

 

こういうサーヴィスをこういうボールで返したい時には,こういう①②③で,と頭に入ったら,これを一応素振りで練習してみる。素振りでボールにとらわれずに思った通り①②③が出来たら,今度はボールを実際に,

 

(イ)理想的な態勢で(理想的な態勢とは,A あまり動かなくてもよい,B 身体や心のバランスもよくとれていて準備が整っている態勢),

(ロ)理想的でない態勢から理想的な態勢へ移行して(理想的でない態勢とは,A 打球する位置からはなれている,B 身体や心のバランスが崩れていて準備が充分に整っていない態勢)

 

練習する。練習はくり返しくり返し,いわゆる反覆練習をする。反覆練習の結果,反射的に出来るようになって来たら実戦練習をやってみてうまくゆくかどうかをためす。実際に即しないようなところは訂正する。あとは練習量の問題である。

 

協力:株式会社タマス(バタフライ/卓球レポート)

出典:荻村伊智朗『中高校生指導講座1』発行 / 卓球レポート編集部

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