『無題』日本卓球協会の課題などについて鈴木会長へ送った手紙 昭和38年12月16日 荻村伊智朗

アジア選手権問題(於マニラ)

会長及び事務局の略取手段については、フィリピン、韓国、台湾が三者三様の利益のために結託し、種々裏面工作を行い、フェアプレイの精神に反することおびただしいものを認めましたので、長谷川氏がカップを頂いて帰国した行動を私は支持しています。

 

  • 台湾→中華民国の名(※1)が得られるならば、他の二国に同調する。
  • フィリピン→オスメナ氏の体協会長推進のため、どうしても会長の地位が必要。そのためには他の二国の主張を入れる。
  • 韓国→李政権時代に失脚した勢力が、軍政になって息を吹き返し、その地固めのために次期アジア選手権を開催権のあるパキスタンからとりあげてソウルで開くためには他の二国に同調する。
  • ヴェトナム、マラヤ→ラマヌジャン氏(インド)のワンマン的仕事ぶりに対する反感を具体化するために、前記三国に同調

しかも、会費未納国(大部分)には、会議前日になって、フィリピン協会が立てかえるとか、韓国以下の役員諸氏は連夜 華宴に招待するなど、事前工作もしきりだったのです。

しかし、日本にもなんら反省の材料がないわけではなく、会長と金田一氏との病気不参はいたしかたないとしても、前回ボムベイで会長及び事務局を引き受ける際にした公役を果たしていなかったこと(私はボムベイ総会にも通訳として出席しました)は責められても致しかたないと思います。

その1つには季刊のアジア卓連会報がありますが、ついに一号もその責任において出し得なかったことは責められても致しかたありません。

また、会議に先立っても、公明正大ではありましたが、三国側の事前工作に対してそれがわかっていながら対抗する動きをしなかったこと、会議運営中にも正義感のあまりか少し感情的になったことなど、技術的な反省の材料もなくはなく、早急に人材を求めることはできなくても、将来は、肉体的にも活動力ある、英語及びその他の国語においても、会議のイニシアティブを取れるスタッフを揃えていくことが国際的に日本が貢献するための必要条件と考えられます。

国内事業の問題

ルール関係者の責任

ルール関係者には理念の欠如があるようです。

と申しますのは、1つの問題では、世界卓連をたてにとり、同じ問題が後の時点に立つと日本独自の解決を主張し、というように、競技者のためのルール、競技者のための役員(主権在民)と言う民主精神の有無が疑われる場合がしばしばであります。

 

その最も明らかな例は、4年半にわたる誤ったルールの適用がラケットの裏面使用に関して行われていたことです。

もとはといえば、スポンジ禁止のときに、3種のラバーを貼りつけることを認めた際、木の面は元々ラケットの本体として使用可という国際卓錬の考えを知らず、たしかめもせず、日本では一方的に禁止しました。もともと日本は用具自由論で世界をリードして来、反対者であったアメリカ、スウェーデン(次期世界卓連会長国)なども日本に同調するようになってきましたのに、日本が他にさきがけてもっとも厳しいルールを採用したこと自体が、用具問題に対する理念はどこに行ったのかと疑いたくなるようなものなのです。

その結果は、会長が北京でご覧になったように、中国選手の木面技術に木村、三木などの若い選手が完全にお手上げになりました。

この後、日本がすぐルールを改正すればまだ立派だったのですが、何と、それからまた2年半も経った63年暮の日本選手権からという面子にこだわりすぎたやり方は、日本の卓球選手に大きなブレーキをかけたといえます。

 

オープンハンドサービスでは、ボールをサービスのとき垂直に上げよ、と日本では指導していましたが、北京での中国選手たちが斜め上、あるいは後方に投げ上げて通用しておりました。

その後、日本が世界卓連や中国に対して強力な指導ないしは申し入れを行ったことは聞いておりませんし、中共選手が昨秋来日した折にも彼らの方法はまかり通り、その結果、現在の日本国内でのサービスの混乱は、審判をする者たちの判定基準をもバラバラにしております。

 

6月の評議員会における指定業者が理事になれないなどの問題でも、業者側につっこまれたウィークポイントを作ったのは、以前は世界卓連のルールよりといい、そのときは日本独自で とした依って立つ土台のあやふやさ、それを招いた訳分の違い、などにも責任なしとはしないのであります。

しからば、これに代わろうとする東卓側のルール担当者の野村氏あたりが、どの程度に民主主義のルールをわきまえていられるかというと、さきの全日本選手権決勝戦の審判の態度、方法にみられるように、現行ルールを無視して自分の主張をテレビを通じて全国に押し付けるのは、一種の精神的テロ行為であります。

現行ルールの精神では、審判は行事的存在ではないのです。したがって、両者が見合ってからカウントをいうのではなく、打ち合いが終わった直後にすぐカウントをコールすべきで、これはテニスでも同じです。しかるに野村氏は戦前からの主張通りに「見合って」式コールをしていました。

プラハでも問題になったように、カウント以外は、「セーフ」「アウト」「グッド」などの声は一切出してならぬことになっているのに、野村氏は、自分の主張通り、1ポイント毎に「掛け声」をしていました。

自分の主張が例え正しくても、その時の決定事項には従い、その後議会主義で主張を通していくのでなければならぬと思います。

古い感覚から古い感覚に代わっても選手は救われない、と考えます。

広報、普及 関係者の責任

昨秋80万円の巨費を投じて作った日中対抗の映画は、プラハ大会前の代表チームの合宿では一度も映写されませんでした。

正月に行われる恒例の高校生合宿で1回(1時間半)一般の選抜合宿で1回(1時間)計2回が選手に今まで公開されたすべてです。

1回の映写料40万円というのは“冗談じゃない”です。

その編集が、1年たったいまできたそうです。

歴史資料としてよりも、80万という投資を、一番役立てられるがはずだったプラハ大会には、何ら使えなかったことの責任は追及されるべきであります。もちろん、選手たちは、毎日でも見せて欲しいと希望しておりました。

20万円の全額を費して、ずっと昔の記事を載せた協会の会報も、一号のみで立ち消えです。

ガリ版ズリでもよいから、会長は何を考えているか(施政方針)理事会は何をどう決議したか、技術委員会は全国コーチに何を希望するか、世界選手権やアジア選手権ではどう試合してきたか(監督、コーチの報告)などを会員に報らせる仕事は、10年前も今も、変わらぬ姿でなおざりにされているようです。

メーカーのPR的雑誌ですら、有料読者が1万1000を数えるほど全国の人たちはニュース、資料を求めています。

強化、事業、組織、関係

強化については、もっぱら世界選手権前の合宿という対症療法的なものだけで、抜本的な対策はこの10年間何も考えれておりません。

事業も、実業団選手権の新設がありましたが、都市対抗にしろ、全日本選手権の会期、その内容にしろ、旧態依然前たるもので、何よりも悪いのは、下部団体の事業を強力に指導する力がないことでした。

中共を始めとする全体主義国の選手養成に対抗するためには、わが国の国情において許される最大単位、すなわち日本卓球協会の規模においてでなければならぬのですが、つい政治力と、数年に及ぶ綿密な施策がなければ、バラバラの卓球界を一丸にしてゆくことは不可能です。果たして、このための努力をしてきたでしょうか?

むしろ、バラバラの勢力をその利害の対立やらを利用しつつ放置し、そのだづなをさばくことに、政治的手腕を発揮してきたように見えるのであります。そこには一部の人たちが指摘するように「前進の意欲」よりも「保身の意欲」を見ることができます。

これに比するに学連あるいは東卓は、新しい局面を切り開く努力をそれなりにしたかというと、強化、事業面でも新しい手を打たず、協会に対して強力な助言をしたこともないままに今日に至りました。

組織面についての両者の態度も、現状を維持しつつ、交替を迫るものと、これを拒むものとに分かれ、中共との関係とかその他の外国との関係において、問題を捉えようとはしていません。

一方においては、世界選手権の優勝記録は、自分たちの保身のかくれみのであり、他方において、世界選手権の敗れた数は自然上昇の突破口であります。

 

日本の卓球の隆盛ということを、

  • 人類の文化の中でのスポーツの貢献
  • スポーツの中における卓球の貢献
  • 世界卓球界の中における日本の貢献

という大きなスケールで見る人の少ないことをなげかずにはいられません。

 

現段階においては、どちらが勝利しても、檜山学連(関東)会長がいうように、源平の争いが繰り返されるのみとなり、若い力もどちらかに利用されるのみにとどまり、世界の卓球を日本卓球がリードしてゆくなどのことが先の先のこととなりましょう。

会長の政治力により、思い切った建て直しをお願いしたいものです。

 

現実の段階をどのように処すべきか、御下間があれば申し上げる用意があります。

また卓球協会の未来の姿についての考えを私なりに以下に記しましたので、ご参考に供してください。

一、財政面

事業の裏付けである財政面については、アマチュアスポーツの団体の常とは言え、日卓はあまりにも弱体であり、後援会におんぶのしっぱなしのような印象を受けます。

後援会の強力な支援を得るまでは

  • 1954年 ロンドン大会80万円
  • 1955年 オランダ大会 50万円
  • 1957年 ストックホルム大会 30万円
  • 1959年西独 20万円

など、選手が金集めの責任を負わされていたのであります。

私は人間の本来の姿として、自分(協会自身)でもできるだけの金を作る、なおかつ足りない部分を後援会にお願いする、というのが正しい姿だと考えます。

これこれの事業をしたい→これこれの金がいる→これだけ作った、これだけ足りない→お願い。

という手順がだいぶ狂ってはいないか、と考えるのです。

協会の財源として「会員の個人登録制」が、最終の姿、と私は考えます。

協会が卓球人口二百万とも三百万とも(※2)しておりますが、自身の調査の結果によるものでないことは明らかです。

現在、急には実現できないと考えますが、仮に直接個人登録制に踏み切った場合、

ジュニア100円、一般200円の登録料を払う者は全国で約20万でしょう。

 

人口7,00万、年会費700円で、スウェーデン協会は、1万2000の登録を得ています。

卓球の、スポーツ会における地位は5位、日本は野球についで2位の推定人口です。(昨年の毎日新聞調べ)

 

年間2~300円の会費は、今や(※3 )える時代です。元会長清瀬氏の10円募金失敗をいつまでも引き合いに出すべきではないと思います。

身分証明書、会報の送付等、事務局員の数の増員と質の向上は、当然計らねばならぬ問題です。

現在、各メーカーは、寄付金を各地卓球連盟にそれぞれ(※4)っていて、この金額は莫大であります。大メーカーからの寄付は、中央協会のみに限れば、メーカーからの公認料の値上げは倍増するでしょう。

したがって、地方協会の財源の確保、助成が問題となります。

これに対しては、登録料、公認料、検定料などを、登録人員数の比例で地方協会に還付してゆきます。50%の還付は実現できるでしょう。

これにより、地方協会は、会員獲得にも熱を入れ、中央協会との結びつきも大きくなります。さらに、大会や講習会、合宿など、球界に有益な事業を地方協会が行うときには、しかるべき委員会の責任によって特別助成金を出してゆきます。

中央協会が年間一千円(※原文ママ)の予算を組めるようになれば、普及、強化に大規模な施策ができるはずですし、海外遠征も人数を増やしたり機会を増やすことも可能です。

このほか、地区協会、傘下団体主催の競技会の参加費から10~20%を中央協会に収めさせます。これは現在、東京や大阪卓連がその下部団体に対して行っているのと同じです

組織

卓球人の会長をなどという向きがあります。卓球人とは選手ばかりではありません。卓球の愛好者、理解者として現会長、また足立前会長の業績を高く評価する私は、現会長絶対支持、役員構成も大幅な変動を認める必要はないと存じます。

しかし、現在の無責任体制だけはこれを打ち破り、責任体制を確立しなければなりません。現在も専門委員会があるようですが、もっと責任の所在を明らかにした予定を最初に立て、年度末にその業績の評価を会長、次下の最高スタッフで行い、引き続きその任にあたるか否かを決定するようにしたいものです。各委員会は年間の事業の報告書を提出するようにします。

会長指名の理事は後援会関係のみならず相当する必要です。

下部団体の掌握

現在、学生卓球連盟や高体連、中体連は、それぞれ地区の協会に所属しておりますが、将来は中央協会直属の線を考えられます。少なくとも学生連盟は、全日本的な行事を2つは行いますから、助成金問題にしても一本化した窓口が必要でしょう。

事業

選手強化

協会の諸事業のうち、現在最も必要で、しかも協会自身が手をつけないでいる事業は強化であります。

強化対策委なるものが富田、川井(いずれも専大OB、ロンドン大会参加)兒玉(元明大監督)田中、荻村らの運動で長谷川氏が動き、始まり、しかも立ち消えになったことは前述のごとくですが、もっと限られたスタッフで、会長と密接に結びつきつつ思い切った手の打てるメンバーで構成する必要があります。

中央のみに限らず、関西、東海、東北、北海道、関東甲信越、東京、四国、九州、中国、山陰中部、など、日本国内の選手数によって受け持つ範囲に制限や変動はありますが、10名の地区(ブロック)委員と、3~5名の中央委員とがあれば、活動できます。

この委員には思い切って社会人生活10年前後で身体も動き、生活にもある程度安定していて時間が卓球にさけ、現在の卓球理論やスポーツ理論を絶えず勉強できる人たちを起用していただきたいと思います。

過去十数年間の世界選手権大会や国際試合経験者の中からも責任者が多く育ってきていることを申し上げます。

活動の内容は

一、一流選手の強化

いうべくして行われていません。年数回の合宿以外には、日本1位と2位の選手が一度もあたらない試合制度にも問題があります。

上位選手同士の不断の切磋が現在の日本にはありません。このガンをとりのぞくにはどうしたら良いか、を研究することも1つの大きな仕事ですし、一流選手を集めての練習会、研究会、合宿の指導もやらなくてはなりません。

二、社会人選手のアフターケア

次期ユーゴ大会以降は、社会人選手に対する依存度はますます高まるでしょう。

関、小中、三木、木村、伊藤、中山とこのあいだの全日本の上位8名中7名は64年には社会人です。

長谷川氏は個人的にいままでもずいぶん選手たち(社会人)の練習機会を増やすことに力を費やしてこられましたが、これも組織の力でアフターケアを考えていくのが本筋でしょう。

三、中学、高校の強化

卓球は技術依存度の高いスポーツです。中学時代に適切な刺激を与え、高校、大学と一貫して伸ばさなければなりませんが、現在の状態は、六・三・三・四制のマイナス面が出て、コマ切れ指導が繰り返されています。

中学から将来に通じるレールに乗せてやる方法を考え、そして実施すること、これも大きな仕事の1つです。

現在、全国で20から30ぐらいの高校大学では、有能なコーチが活躍しており、協会の力をさほど必要とはしませんが、それ以外の学校においては、協会の強力な指導を待望しております。

中学時代は運動種目の志向にもはっきりとしたものがありませんから、他種目との競合上も中学対策は重要であります。現在はなに一つ具体的な施策は中央協会として施されておりません。

地方指導者の強化

現在の一流選手は、日本全国でも偏った地区から出ています。これは、その地区の住民が卓球に適性があるということではなく、その地方の指導者がすぐれているからです。

おくれている他の大部分の地区の指導者(中・高校の先生、高知、地域チームのコーチなど)を強化してゆくことは、現在の十倍ものファームを持つことになります。

地方の審判講習会はやっても、指導者講習会は行われたこともなく、またそれだけの事業のやれるスタッフでは現在ありません。

中学生の強化、地方指導者の強化などはいま手をつければ、ちょうど8年後の東京での世界選手権に間に合うでしょう。

その日ぐらしの対策で、8年後になって急にバトンをタッチされても、おくれをとり戻すには、あまりにも中共その他に引き離されているでしょう。

普及

普及と強化によって卓球競技の華は咲くのに、メーカーの御用団体当時の名残か、各種大会の開催が最も重要であるかの如き印象を受けてきました。

各種大会さえ毎年すぎてゆけば、立派な仕事をしたと考えるのは錯覚であります。その内容が最も大切で、記録の競技であれば、記録の低調がすぐに批判されますが、勝負の競技だけに頬かむりが通りがちです。

年間に何人の会員を獲得したか、いまだかつて明らかにされたことはありません。バレー協会のみならず他の競技がはっきりと実態をつかんでいるだけに、新聞記者にも馬鹿にされている現状です。

普及は、広報とも大いに関係があります。ガリ版ズリであっても、会長以下の考えを会員の一人一人にまで正しく、ひんぱんに伝えるマス・メディアを持つこと、これは絶対の急務であります。

 

諸外国の例を挙げますと、

  • 西独 年20回発行
  • 英国 年10回発行
  • スウェーデン 年10回発行
  • スペイン 年10回発行
  • 東独 年10回発行
  • チェコ 年10回発行

など、多数の国が協会機関誌を発行し、国際世論をもリードしております。

渉外

日本に通信しても返事がない、あっても非常に遅い、日本文でも良いから(モンタギュー氏)英文で結構(エルデ次期会長)同、ラマヌジャン氏などの苦情は、私も直接にこれらの人たちから受けております。

ルール問題にせよ、卓球理論にせよ、指導者派遣にせよ、海外遠征にせよ、長谷川さんが仕事が多すぎるのとは別に、専門的な機関の設置、各国際委員(日本にも数名おります)間の連絡などを研究する必要があります。

 

ルール問題で日本が外に弱く、内に強いことに対しては、私のみならず多くの人の批判がありますし、技術、理論問題でも日本の意見を待望している国は、圧倒的多数であるにも限らず大した貢献も行っていない実情です。

中共が国情の故であまり多くの国に貢献できない現状をからみても、日本がいま貢献することは、国際親善のためにも大きなプラスであります。

試合制度

国際試合の代表を決める最も権威ある日本選手権が、シニア、ベテラン種目の消化や会期の問題等のため、3セット試合を余儀なくされている現状、(シングルスのみ5回戦から5セット)これ1つを見ても、日本の卓球が真剣に考えられていない証拠であり、それのみならず、田島直人氏も「大へんなスポーツだ」と認めさせ「今の陸上選手で私のみにドルトムント時代のあなた方日本選手ほどに鍛えているのは依田(女子のホープ)ぐらいなものだ」といわせるほどのスポーツであるとすれば、テレビに間に合わせるために準決勝と決勝戦の間の休憩時間がたった15分などというありさまは、卓球試合の自殺的行為であります。

そのような認識のもとに行われている現在の各種大会は、もっと新しい視点から見直され、考え直されねばなりません。いらざるは捨て、必要な新しいものを加えていかなければなりません。

中央協会所属のチーム選手権ないしはリーグ戦の必要もあります。

いまの試合制度は、昔の実業 対 学生の対立そのままに、学生は学生のリーグ戦のみを絶対視しておりますが、実業といっても、大学卒が多い今、このような対立は無意味であり、社会人の強豪と学生の雄とが一体になって切磋する新リーグないしはトーナメントの必要性が増しております。

○現在、日本チーム選手権はありません。

○現在日本的リーグ戦はありません。

日本より国土の大きい諸国でも、国全体のリーグ戦(協会直轄)が行われ、ヨーロッパではさらにヨーロッパ・リーグといい、各国のNo.1チーム同士の最終的なリーグ戦まで行われています。

注:リーグ戦とは連盟の試合であり、必ずしも総当たり形式はとる必要がありません。

事務局スタッフの増強

これら諸計画の円満な実施のため、事務局員の増員、有能な人材の補充(定年後の長谷川氏などもお考えになれると思います)はぜひとも必要で、5~7名あれば、会員数が40万人になっても、エルデ氏も指摘するように機械力を利用して、事務の合理化を図れば、やれると存じます。

現在問題になっております。東卓からの改組案等のご検討の際にも、以上のような諸点をご参考の上、百年のための断を下されるよう希望します。

なお、この際、最も公平な視野を確保されている人の1人として、檜山与八郎氏(関東学連会長)のご活用を進言いたします。

氏は数十年来の卓球界事情にも明るい上、過去にどんな勢力とも結びつかず、現在も全く敵のいない人物です。しかも、スポーツ人にとって最も大切なスポーツそのものの理想を持っていられる点、会長の良きコンサルタントたる資格ありと存じております。

私自身は、もし球界のお役に立つのならば、いつでも荻村化学工業株式会社(私の現在いる三洋繊維とは別に大伯父の経営しております三井系の会社です)に暇のある部署を求められますのでお含みおきください。

昭和38年12月16日

鈴木会長

荻村伊智朗

 

注釈:(※1~4は原文の判別ができず)

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