日中友好卓球研究会『ニューズレター』より 「なぜ中国コーチなのか」1985年 荻村伊智朗

ニューズレター

ご挨拶

荻村伊智朗

このたび、中国政府のお計らいや、日本の卓協関係者や友人のご協力で、私の四半世紀に及ぶ友人である岑さん、楊さんをお招きすることができました。

また、中国スポーツ界きっての日本語若手通訳で李友林さんの大学研修をお手伝いできることになりました。

お三方は日本に2年間滞在され、昼間は研修や研究活動のかたわら、夕方から各年齢層の方々に、中国式卓球指導を開始していただけることになりました。

中国の卓球はなぜ強いのか、原因はいろいろ考えられますが、最も注目しなければならないのは、その指導法ではないでしょうか。この30年間の世界代表たちが、そのまま指導の現場に残り、四六時中ノウハウを積み重ねた強さです。

少人数、各年齢層、各戦型が対象となった実験教室を2年間経験し、その経験を全国で同時進行形で追試することにより、中国指導技術の急速な日本全土への移転を図り、中国を上廻る選手の出現を刺戟し、“恩返し”をしたいと希っています。

(1)なぜ中国コーチなのか

中国のノウハウを急速に移転するには4つの方法があると考えました。

その1 中国へ選手を40~50名、2年間留学させる

必ずその中から何名か、世界的なクラスの選手がでるような気がします。

しかし、いくつかの超えられるかどうかわからない難関があります。一つは進学、就職の問題です。特に明日のオリンピックを目指す少年少女選手にとっては問題です。

もう一つは経費です。いま、各種目で中国に世界各国から自費で訪れている人たちの1日の費用負担は約1万円です。2年間では720万円にもなりフィギュアスケートのコーチについたり、米国のプロテニス学校に通わせるのと同じお金がかかります。

その2 コーチを20名ぐらい、2年間、中国に留学させる

いままでは長くて1ヵ月、短ければ1週間ほど、各層のコーチが中国を訪れています。ここにも費用の壁、言葉の壁、職業・雇用制度の壁がたちはだかっています。

今後、日本のコーチが長期間、中国を訪れることがあるでしょうが、体協や国際交流基金等の制度を活用したとしても、1年間に1人か2人がせいぜいでしょう。

その3 中国から優秀なコーチを招き、日本の青少年を2年間指導し、母体コーチの方々と継続的に交流する

この方法にもいくつかの壁があります。

1つは本当に優秀なコーチが来てくれるか、という問題。日本には中国に関する文書情報はかなりたくさんあります。また100人以上の優秀で熱心なコーチが中国を訪れています。この25年間には100回以上の日中の試合による交流もありました。日本の指導者の多くは、伝基芳、姜寧仁、王伝耀、容国団、荘則棟、李富栄、張し林、周蘭孫、孫梅英、丘鐘恵、楊瑞華ら、以来の古今の中国選手のことを記憶しています。

いわば、日本のコーチは、良い意味での“うるさい”コーチに属しています。最近の技しか知らないコーチが来ても喰い足りない感じになるでしょうし、昔のことしか語れないコーチが来ても物足りない不満を抱くでしょう。

次の問題は、本当にそのコーチたちが、真剣に教えてくれるだろうか、ということです。私がスウェーデンに初めてコーチとして訪れたときも、2つの新聞の系列が何日間も私の活動を占って、「全部を教える」「いや、手の内を全部さらけ出して不利になるようなことはしない」と論争しました。

結局、この論争にケリがついたのは10年後に続々と世界タイトルをスウェーデン勢がとりはじめてからで、「やっぱり荻村は本当に良い路線を敷いてくれたんだ」とみんなに認めてもらうまでに10年かかりました。コーチングとは、皆様ご存知のように、気の長い作業なのです。

次の難問は、言葉の問題です。

いくらいいノウハウを中国コーチが持っているからといって、微妙なニュアンスまで的確に日本語に直せるでしょうか。日本のノウハウ確立が最もおくれている幼年層、少年層への指導の面で、言葉の問題はネックにならないでしょうか。

また、私自身も、海外でのコーチ活動は4ヶ月でも長く感じたものですが、1年も2年もの長期間、家族を故郷において、優秀な人たちを日本にブロックできるのか?などなど、いくつもの困難が考えられます。

その4 中国のナショナルチームが年間数十日間、日本でトレーニングキャンプをはり、日本のチームやコーチ達と深い交流をする

ここにも、お互いのスケジュールの問題が難関です。それぞれのリーグやチームのスケジュール、大会の日程等、日本側にも簡単には応じられない問題があります。また、費用の問題も生じましょう。

 

こうして考えてみると、第3の方法が、問題はたくさんあるにしても、最も可能性のある選択の枝として残りました。

幸い中国側にも「幹部の再教育」という問題がありました。かつて中国は、魯迅をはじめ、周恩来、廖承志など、多くの人たちが日本に留学し、新生中国の国づくりにその体験を活かしました。

例えば、中国でも多用する“幹部”という言葉はもともと中国語にはありません。日本で学んだ人たちが持ち帰った日本製の中国語です。

というように、日本をよく知る人たちが大勢いた中国も、日中戦争、文化大革命など、数々の内外の不幸な出来事のために、人事交流が不足し、知日派が少なくなりました。

今回来日された李友林さんも、故周恩来首相の母校である天津の南開大学日本語学科を卒業した秀才ですが、3年間の在学期間中は文化大革命期にあたり、おそらく半分の期間は農村や工事場に出向いて勤労奉仕の毎日で、充分なアカデミックな教育を全うしていないことでしょう。

にもかかわらず、来日三十数回、各種目の通訳として立派な仕事をしてこられたわけですが、まだ若いうちに、本格的な勉強をやり直してさらに日中間の深い交流に貢献したい、させたい、といった事情もありました。

岑さんや楊さんも、選手として、コーチとして立派な仕事をしてこられていますが、優秀な方々ですので、将来は行政の方面でも重い役割を担っていかれる人たちでしょう。最も近い先進国、日本の社会や技術、システムから学ぶものもたくさんあるはずです

といったように、双方の事情、都合の接点が今度のお三方の来日に身を結びました。

中国が強いのは人口のせいだ、という観方もあります。いや、全国で常時合計千人もの選手が合宿して、しのぎを削っている競争のせいだ、いや生活を保証されているせいだ、他に遊びが少ないから、集中力が高いのだ。などと、いろいろな角度から中国という大きな象を手探りしていても、時が経つばかりです。やってみればわかるはずだ、と私は考えた次第です。

(2)中国指導者の紹介

岑 淮光
  • 48歳 広東省生
  • 北京在住33年
  • 現北京卓球協会副会長
  • 現中国卓球協会コーチ委員会副委員長
  • 現北京卓球協会ヘッドコーチ

第20回、第23回世界選手権大会に中国代表として出場。荘則棟、李富栄、周蘭孫、胡玉蘭、李莉、騰義、などの他、多数の世界チャンピオン、中国チャンピオンを育てる。現在の中国の男子卓球選手を育成する第一人者として信望が熱い。

また、中国屈指の理論家としても名高く、著書も多数あり、日本語に訳されているものもある。理論講習の教材としては、日本語版・未翻訳の中国語版など、対象によって使い分ける方針。

指導の特徴は、論理的でわかりやすく、選手を納得させて、動かす力が強い。口調や物腰はやわらかく、対象になる選手の優点をいち早く発見する能力が高く、自分の優点に立脚した練習方針を示された選手は、その気にならざるを得ない。1日に1度のレポート提出を選手に要求する一方、必ず目を通す情熱と根気を見せている。

短期間だが、3ヶ月ほど、アルゼンチンや米国を訪れたこともあり、英語・スペイン語を話す。

選手のプレーが気に入ると“OK!”。三鷹での合宿生活では皿洗い係・理髪係とのこと。

楊 瑞華
  • 46歳上海市生
  • 上海市在住
  • 現上海卓球協会副会長
  • 現中国卓球コーチ委員会副委員長
  • 現上海卓球協会ヘッドコーチ

第23~26回大会までの世界選手権大会に、中国代表として出場。多数の世界チャンピオン、中国チャンピオンを育てる。現在の中国の女子卓球選手を育てる第一人者として名声が高い。

著書も多数。最近の世界のビッグタイトルを独占する女子選手の中核チームを育てあげた自信が体から溢れている。

全中国選手権団体優勝の上海チームの監督でもあり、内外の女子監督No.1といった存在だが、上海の人らしく笑みを絶やさず、しかもズバリと核心を衝くアドバイスが飛び出す。

中国速攻卓球の夜明けの歌から文革直前の最強期までの選手作りにも関与してきただけあり、積極攻撃を高く評価する。少々の失敗は気にせず、攻撃チャンスを使わせ、埋もれていた才能を開かせる手腕に長じている。とともに、“驚き”のあるプレー、戦型を重視し、個性的なプレーを選手に説くあたり、さすがに孫氏の国の監督さんである。

最近も、倪夏蓮、ト啓娟、何智麗など、世界でも勝てる選手が上海チームにいるのに、全国選手権では、曹燕華のダブルスパートナーに16歳の無名の少女、シェーク速攻の潘埼を起用し、みごと優勝させるなど、生まれもった才能を開花させるカンは冴えわたっている。

百種類の料理が作れるかくし芸の持ち主で、当然料理係。岑氏も楊氏も同じく二児の父。日本ではじめて覚えた日本語は“ヨシ!”

李 友林
  • 32歳
  • 黒竜江省生
  • 北京市在住
  • 中国体育総会(国家体育省)の国際部職員
  • 日本語通訳

若手通訳の現役では最も活躍中で、来日合計三十数回。周恩来首相の母校でもある南開大学の日本語学科を卒業。

日本大学での勉学を希望している。

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