飛躍の年
1974年は、日本の卓球界にとって飛躍の年になりそうである。故後藤鉚二会長の遺志を受け継いで、日本卓球協会は“ピンポン外交”をおしすすめてきた。
第2回アジア卓球選手権大会も目前にせまってきたが、これは正しく後藤路線を継承発展させたものである。参加国も単独競技種目のアジア選手権としては、日本で行なわれたもののうちでいちばん大きい規模となるものである。
名古屋大会は、物価も今よりは安かったので1億3千万ほどでできたと聞く。もちろん、体育館の設備費、新改設に要したお金や、その他目に見えない莫大な経費がプラスアルファされていた。
今大会でも、組織委はプラスアルファ分を除いて約3億円の支出を見込んでいる。横浜市の飛鳥田さんという人は卓球に理解があり、スポーツを通じてアジアの友好に理解のある市長がいたからこそできた話だが。
また、同時に卓球界が長年にわたってこうした条件を準備してきたことも確かである。日卓協会関係で約8千万円という空前の募金目標をかかげ、永野会長以下が努力している。
募金問題、入国問題、アラブとの親善を卓球が先がけてやること等々、これから卓球の話題は春にかけて増える一方だろう。
こうした努力に加えて、中国の日中交歓、5月の4強リーグ戦の中国大会と日本大会、全米選手権への参加、ネパールに遠征(2月)、ヨーロッパ(1~2月)、アラブ遠征(2月~3月)、プレ3A大会参加(7月)、朝鮮青年隊の来日、ジュニアチーム訪中(7月)など、前半だけで十指に余る交流計画が外国とあり、多くの若い選手に機会が与えられるだろう。
選手は“役得”として遠征や対外試合のチャンスを考えるのではなく“勝つ責任”を自覚してほしいものである。
卓球界が力を傾注して卓球を盛んにする努力をするのはどちらかといえば当たり前のことだ。だが、ここ数年、卓球界は外の力が卓球のために応援をしてくれていることを見逃してはならない。卓球競技が他のスポーツに対して、不当に低い評価を受けている現状を改めてゆくチャンスである。
たとえば昨年の3A大会に中国政府は、日本円にして数十億円の費用を使ったはずだ、と日本の新聞記者で当時北京へ行った人は指摘する。中国政府は、現在のアジアの卓球関係者の努力を高く評価しているので、多額の支援をしたのである。
第2回をやるナイジェリア、第3回をやるメキシコも、また多額の費用を政府が支援するだろう。
第3回のアジア選手権大会を平壊で行なう場合にしても、9月にテヘランでアジア競技会を行なうにしても、朝鮮とイラン両国政府の大きな支援があるだろう。ネパール、アメリカなど国際的な規模の卓球大会をやったことのない国が、大きな大会を今年催すことも、卓球に対して外部から支持する力が増大していることを物語っている。
幸い、川上、城戸、山本、竹原、高城、後藤といった副会長が健在で、それぞれ、アジア卓日本連合、ITTF、国際交流、財政問題、高体連、各支部の強化、などに邁進しつつ永野会長を盛り立てておられる。
日本卓球界がこのまま努力を続ければ、近い将来に盛大な規模で再び世界選手権大会を開催できる日も近いだろう。
1974年1月
荻村伊智朗
※卓球王国が運営する「王国e Book」では卓球ジャーナルの電子書籍を購入することができます。
王国e Bookはこちら。