『AGFに中国参加を』1973年5月 卓球ジャーナル「発行人から」より

AGFに中国参加を

イランのホジャット氏や日本の竹田氏らアジア競技連盟(AGF)首脳が相ついで訪中し、74年9月にテヘランで行なわれるアジア競技大会への中国参加問題の論議が活発になってきた。

AUの会長国である日本としては卓球競技も含めて中国にもちろん参加してもらいたいところだが、それにはAGF委員会が中国の正式参加を決めなければならない。

私は日本体育協会が12月20日に発表した「中華全国体育総会が中国を代表する」という統一見解の原則にのっとり、この問題を正しく処理し、中国の参加が実現し、卓球競技での日中決勝がみられるように希望する。

日中を軸としたアジアヘ

6月に中国チームが来日する。横浜をはじめとして8つの都市が日中交歓大会の開催を予定されている。

新男女シングルスチャンピオンの郗恩庭や胡玉蘭のプレイがみられるかどうか?一本差の大接戦だったサラエボの白熱戦の再現はあるか?高島の故障はそれまでに治っているだろうか?日本の新人はべテランに代わりうる実力を示せるか?などと卓球ファンの話題はつきないが、気になる言葉は、「もう日中交流は卓球さんの専売ではないよ」である。

新聞社関係などにも意外にこうした見方は多い。今年度の日中間の行事は6月の訪日、8月と年末の訪中と3回もある。卓球協会は新聞社関係からも経済的支援を受けているが、「バレーもサッカーも体操もバドミントンも、みんな日中交流をやるんだぜ」といわれることがある。

卓球はやはり先駆的

こと日中交流に関してはたしかに卓球だけではなくなった。しかし、日中の友好交流を軸としたアジアの交流にまで踏み出しているスポーツ協会は日本には卓球以外にない。一口にアジアの友好交流といっても、朝鮮半島、インドシナ、アラブ、困難な問題は山積している。中国と他の国とのピンポン外交がはじまる前と似ているが、地域は広く、因縁は複雑だ。日本卓球協会が故後藤会長の遺志を継いでやろうとしていることは先駆的であり、他協会にはいまのところできないことである。

活発化する各国との交流

長島団長、伊藤、井上、荒蒔、前地選手らの二月のインド遠征チームは「インド各地での卓球振興に大きな寄与をしてくれた」とラマヌジャン氏に感謝される活躍をしてきた。

また、南団長、川井監督以下の朝鮮遠征チームは、北京の首都体育館以上の大きさという平壤の体育館での試合などを通じ、初の日朝スポーツ交流を成功させて5月7日帰国した。

サラエボで優勝したスウェーデンチームも、日程の都合がつけば秋に訪日したいと希望している。スウェーデンは74年には日中スの三巴ワールドカップを日中に提案している。

日本の若い選手にはますます多くのチャンスが与えられるだろうが、日本代表になってから焦ったのではおそい。毎日、毎時間を大切にして鍛練をつみ重ねよう。

1973年5月

荻村伊智朗

1973.5.AGFに中国参加を

 

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