※卓球ジャーナル1970年8月 創刊号「発行人から」より。
「発行人から」は、荻村伊智朗が1970年から80年代に発行した卓球専門誌『卓球ジャーナル』に掲載された文章です。当時の卓球界に対する考えや、卓球の未来に託した思いをうかがうことができます。
創刊の趣旨
私達が愛好する卓球は、長い歴史と広大な競技人口をもつ素晴らしいスポーツです。
しかし、残念なことには、その素晴らしさは充分に人に知られていないし、認められてもいません。
そのためもっと素晴らしい競技者が世に出る可能性も抑えられています。もっと多くの人達に卓球の真価を味わっていただく機会も失われています。世界的に、そういえると思います。
幸い、日本では卓球はやや認識されかけています。これには50年にわたる卓球人一人一人の努力があります。日本の卓球が世界の卓球界の財産になってから、もう20年に近い歳月が流れました。この財産を守り育て、情報を広く世界各国の卓球人と共有し、卓球をさらに発展させてゆくことができれば、卓球はますます世界中にその真価を発揮することでしょう。
ところで、日本における卓球の今後の発展には、いろいろの問題がありそうです。発展といえば、普及と水準向上です。この二つは車の両輪です。
戦後、それらの担い手になったのは全国各地の学校と職場の卓球グループでした。ところが、ご存知のように、学園民主化、スポーツ施設の公衆利用化、教師の課外体育活動参加問題、国際化にともなう企業間競争激化等、60年代の末期から卓球を含める全スポーツ活動がいろいろな角度から揺さぶられています。
そうした中で、北欧のような福祉国家をめざす日本の各地では、社会体育の呼び声も聞こえてきました。言い忘れたことがあります。戦後の日本の卓球ブームを作り、高い水準の卓球界を作り出したのは、多くのアマチュア・コーチ達です。
いわゆる身銭を切って指導する人達の数は、世界中の同じような人達を合わせた数よりも遥かに多いことを私は知っております。
世界にどのくらいの卓球グループがあるのか、よくはわかりませんが、私達が眠っている瞬間にも、世界のどこかで卓球の音が聞こえ、そのグループのリーダーがプレイヤーの動作に真剣なまなざしを向けています。
そして、その人達が最も願っていることは、より多くの情報を入手したいということでしょう。
私自身も、戦後の卓球雑誌『卓球人』・『卓球界』などにプレイヤーとして大きな刺激を受けました。
やがて北坂さんの『卓球マンスリー』、山本さんの『テーブルテニスタイムス』がありました。
アームストロング社から卓球誌が四十栄さんの編集で出たり、ワイ・エス・ピー社からもしばらく出ました。
そして向原さんの『ニッタクニュース』、田舛さんの『卓球レポート』です。
卓球レポートには、田舛さんの主旨に賛同し、読者350人の時から協力して参りました。なつかしい思い出です。
今、新しい雑誌を新鋭・野平君の編集で世に送り出そうとしていますが、この雑誌の対象としようとする読者は、自分が強くなりたいという方だけではなく、むしろ、
みんなで素晴らしい卓球をやろう
卓球を自分の力でもっと普及したい
立派なプレイヤーを育ててみたい
卓球をもっと知りたい
という方でありたいと思います。
そうした人達の知識や経験を深め、力量を発揮していただくことによって、その結果の一つとして強い選手も出てくると考えるからです。
幸いなことに、田中利明氏、松崎キミ代氏、木村興治氏らをはじめとして、多くの世界の卓球界の貴重なリーダーともいえる方々の御協力をいただけることになりました。大変力強く、またありがたく思っています。
ページ数も少なく、意に満たぬ点もたくさんございますが、だんだん改善を重ね、『ニッタクニュース』や『卓球レポート』に加えて御愛読いただけるような、相乗的価値のある雑誌に育てていきたいと念願しております。
ここに謹んで、創刊の御挨拶を申し上げます。
1970年8月
荻村伊智朗











