『無題』1975年5月 卓球ジャーナル「発行人から」より-荻村伊智朗

天才はいるのだろうか。

いる。

それはきみだ。それは、ぼくだ。

天才はいないのだろうか。

いない。

みんなが天才であっていけないのなら天才はいない。

 

広い地球の上で、長い人間の歴史の中で、きみも、ぼくも、ただ一人しかいない人間である。

人にはだれにもとり柄がある。

人とちがったところがある。

それを中心として、自分の卓球をくみたてよう。根気のよさだって、とり柄のうちだ。

 

自分の特ちょうはなんだろうか。

どうすれば特ちょうをだしやすいのだろうか。

人の仕事は、まずこれを考えることで個性的になる。

第一に考えること

第二に努力しておこなうこと

第三につづけること

三年つづけて仕事に根が生える。

十年つづけて仕事が一人前になる。

みんな卓球をはじめるときはゼロから出発だ。

まず知ることは大切だ。大切ではあるが、やれなければスポーツマンは“知っている”とはいえないのだ。

 

やれないが“知っている”のは評論家だ。

きみよ評論家になるなプレイヤーになれ。

プレイヤーとしての若さを失ったのち、プレイヤーの苦しみをしっている評論家になれ。

 

模倣は創造に通ずるというが、かなりのレベルになってからでも先人に類型が求められるような卓球は一流ではない。

類型が後輩に求められるような卓球は超一流ではない。

 

仕事を時間で計ることをスポーツマンはよそう。

スポーツマンの仕事は、「なにかを仕上げた」ときに終わるのであって、練習時間の終了とともに終わるのではない。これは仕事にとりくむ人間の原則だ。

 

クラブ活動の時間が制限されているところが多い。「〇〇を仕上げた」「〇〇のコツを会得した」と実感できないままに練習時間が終わったらどうしたらよいか。そのことを思いつづけることだ。という意味は、「あれは終わってないぞ」と思いつづけることだ。

 

よく、「人間の顔は四十になるまでは親のくれた顔。四十を過ぎたら自分がつくった顔。だから自分の顔には自分で責任をもて」という。アメリカの大統領リンカーンがいった言葉ともいわれる。

人間のからだの細胞は十年たつと一新する。十年前の細胞は一つも残っていないのだ。

 

だから、この文を読んでからの十年後のきみのからだはきみの責任でつくったものだ。

“ヤレヤレ、卓球ジャーナルの読者になるのは気の重いものだ”なんて思わないでくれたまえ。

これはあなたのためにいっているのだ。私もそう思って自分のからだをつくった。人間の身体活動のベストレコードは20~28ぐらいのあとだにできる。アメリカ大リーグのピッチャーの記録などは27~29ぐらいによい記録が集中している。あきらめるのは早すぎる。

 

あなたがいま中学一年でこの文を読むとしよう。

23才のときのあなたのからだは、あなた自身がつくったものだ。そのときになって親をウラムなかれ!

人間のからだは栄養と休養とトレーニングのバランスによって進歩する。

気をつけてもらいたい。トレーニングをつんでいない人は回復力が低い。オーバーワークは禁物だ。少しづつ確実に量を増やせ。

気をつけてもらいたい。トレーニングをつんだ人は、回復力が強い。休養や気分転換をだんだんへらすことができる。栄養と休養とトレーニングのパランスは、からだの進歩にしたがって変化するものであり、固定的なものではない、ということを忘れないこと。

 

栄養のコツは、体液を弱アルカリ性に保つことだ。

酸性食品をたべるな、ということではない。

肉は酸性食品だ。だが食べたほうがよい。そのぶんだけアルカリ性のものを食べればよい。

休養のコツはうまい睡眠だ。

1.自分にあった熟睡法をみつけよう

2.早く眠る法をみつけよう。

3.できれば一日に数回うまく休もう

4.休むことをトレーニングと同じ大切さで考えよう。工夫しよう。

 

あるスポーツ記者と話をしていて、先日の大相撲での北の湖の話になった。貴の花が勝った優勝決定戦のことである。

「あの左上手投げは、敗因だ。いわば相撲技術上のミスティクだ。しかし、ああした技術ミスというものは横綱のやるミスではない。もし、あれでよいとほんとに思ってあの技術ミスを犯したのなら、その瞬間に彼は横綱ではない。」と、その記者はいった。

相撲の勝負からは話がそれるが、技術ミスにも位がある、という考えかたにはうなづけるものがあった。

 

何ねんか前のことだが、「兵隊の位でいえば」という言葉が流行ったことがある。画家の山下清さんが流行らしたことばだ。

相撲の位でいえば、十両のミスと横綱のミスとはちがいがある。十両には許されるミスであっても、横綱には許されないことがある。それだけ横綱の判断というものは高座のものでなければいけない、というわけだ。

卓球でも、あきらかにレベルの低いミスがある。これは一流選手のやるミスではない、というミスがある。先日カルカッタでおこなわれた世界選手権大会でも、日本代表選手につなぎミスが多いことが指摘されている。

ただ、たとえば阿部君のような選手が、すべてのミスを恐れる選手になった場合、彼は日本チャンピオンになれなかっただろう。日本チャンピオンになれなかったとしたら、彼は世界選手権大会の日本代表になれなかったかもしれない。

“つなぎのミスは恐れるが、スマッシュのミスは恐れない。”阿部君が今後、世界の横綱の卓球をしてゆく心がまえであろう。

 

カットを打っていて、いちばん深いところへきたボールをつまってミスをするときがある。このような種類のミスは一流選手のミスではない。

「相手のいちばんよいボールに備える」のが一流選手の心がまえである。その心がまえを反映した台からの距離のとりかたが、一流選手の技術である。

猛烈なドライブを打つ選手がいる。たとえばシュルベックとかステパンチッチのような。こうした選手に先手をとられて、ドライブを打たれた、とすればどうするか。

5月に来日する梁戈亮は猛烈な第三球ドライブを打つ。

これで先手をとられたらどうするか。

長谷川、阿部のようなタイプなら、なんとか中陣に位置を移し、とびついてロビングぎみに返球し、盛りかえすチャンスを狙うこともできる。

じっさい、カルカッタではヨハンソンがこのやりかたが梁戈亮を団体戦と個人戦とで破った。

 

この文で問題にする技術は、ドライブを止めるロビングではない。そのあとの盛り返しかた、である。もっといえば、盛り返すべきでないときに、一気に盛りかえそうとする技術ミス(判断ミスもある)が問題である。近年の長谷川君や阿部君には、こうしたミスが多かった。

原因はそれぞれちがう、と私はみる。長谷川君は体力がなくなったため。阿部君は経験(それに自信)がたりなかったため。

体力がある選手ならば、押されたら押されたなりにフットワークで持ちこたえ、キッカケをつくって盛りかえす精神的な粘り強さをもっている。しかし、体力がないと、ラリーが続けば続くほど形勢は悪くなる一方で、盛りかえすキッカケがつかめずに終わってしまう。だから、決定的に悪くならないうちに盛り返えそう、としてついムリな打ちかたをする。少なくとも72年ぐらいからの長谷川君の対外試合はそうだった。72年SOCあたりからの映画をみてみると、“こらえ性”がなくなってきているのがよくわかる。もちろん国内には、それを衝いて完全に崩すような選手はほとんどいなかった。

「長谷川がカルカッタに出ていたら日本はヨーロッパには団体で勝てたかもしれない」という意見もあるが私はこれをとらない。むしろ、引退して名を惜しんだ長谷川の判断のほうを買う。

 

中国選手が5月9日来日する。

梁戈売、陸元盛、葛新愛など“秘密兵器”がズラリと顔をそろえる。

オープンにした秘密は、もはや秘密ではない。

中国はカルカッタのチャンピオンだ。チャンピオンになった原動力の秘密を日本にあえて公開しよう、としている。

友好第一、勝負第二のスローガンは生きた実際のものだ。

だからといって、パーミンガム大会までに中国が別の新人を育てる努力をしていないわけではない。

日本の選手は、中国のあとあとを追うのではなく、“先を越す工夫”を学ぼう。

 

プノンペンが陥ちた。

日本政府はただちにカンボジアを承認した。

ところが、シアヌーク元首は、おりから訪中していた池田大作創価学会長に対して、「なが年の日本政府のカンボジア敵視政策を考えると、ここ数年は日本と外交関係をむすぶ気はない」と語った。

じっさいには、すぐ外交関係が結ばれるかもしれない。あるいは、シアヌーク元首のいわれるようになるかもしれない。日本という国は、東南アジアでは不人気だ。

昨年のアジア選手権のときにカンボジア代表を参加させるように日本卓球協会は骨を折った。

 

結果は外務省と法務省の方針を変えることはできなかったが、カンボジアからは大いに感謝された。シアヌーク元首は大へん卓球に関心をもっていると伝えられている。北京でおこなわれた第一回アジア選手権(72年)のときにも、第一回3A大会(73年)のときにも観戦にきておられた。また聞きのことだが3A大会をカンボジアでやりたい、という意向もある、ときいている。

大津で今年の11月におこなわれるアジアの技術交流会(仮称)には、カンボジア代表がはじめて日本の土を踏むことになろう。

1975年5月

荻村伊智朗

1975.3.無題.天才はいるのだろうか①

1975.3.無題.天才はいるのだろうか②

 

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