『復元力』1975年12月 卓球ジャーナル「発行人から」より-荻村伊智朗

復元力

ものごとを教わるには、教わる力がいる。学校での勉強には、たとえば、そのとき教わることを読みとる力がいるし、聞きとる力がいる。

さて、卓球ではどうであろうか。卓球での教わる力にも、いろいろあるが、復元する力、が格別大切なようにおもう。とくに、もうすでに華かな時代を終えた先輩と打ってもらうときには復元する力が大切だ。

かのハインリッヒ・シュリーマンは、歴史上の伝説に対してあくなき復元力を発揮し、ついにその一生を費やしてトロイヤの遺跡を発掘し伝説を復元してみせた。シュリーマーンは、伝説から歴史を学びとる力をこよなく大きく持っていた人といえるだろう。

卓球でも、かつて卓球の奥義を極めたとおぼしき人の伝説的な話や、いまなおプレイの断片からキラリと光るありし日の姿やプレイを自分のイメージに復元し、それを自分の刺激とできる人は、学びとる力を発揮できる人といえるのではないか。

本誌に好評連載中の田中利明伝にしても、その記事だけをたのしみにしている、といってくれる読者も多くあるかと思えば、なかには、なんでいまの時代に関連もない長々しい回顧談をのせるのか、理解に苦しむ、という人もいる。ひとそれぞれにものの見方がちがうのは当然だが、無視するむきはともかくとして、言葉づかいや意表をつく発想におもしろがっていただくだけでは、発行人としてやや心たのしまない。

田中氏が慎重に言葉をえらび、何年もかかって述べてこられた中に、卓球を志す者への遺産がたくさん埋蔵されている。復元力を発揮し、自己の行動に投影してほしいものである。

先日、私の畏友、藤井基男氏が青卓会の合同練習日に若い会員の指導にきてくださった。かつて日本代表の練習場で藤井氏に勝てればリーチにも、バーグマンにも勝てる、というジンクスが私にはあり、必死になって立ち向かい一本をとるのにもあの手、この手で、やっとのおもいでとったものである。

特にバッククロスへのスマッシュは、田中君の5.5mmの裏ソフトのスマッシュでも、私のスポンジのスマッシュでも、“名刺がわりに”打つだけであって、そこで点がとれるという期待はもっていなかった。こういうのが本当のカットマンだと対戦しながら思うのだった。

藤井氏はかつての如く華麗なるフォームで若々しいプレイをみせ、若い会員に指導を賜わったのであるが、私はこのときも、復元力こそ学びとる力、と痛感し若い諸君にも申し上げたのである。

私が日本大学に学んだとき、卓球部の監督は現日卓協理事長の矢尾板さんであった。矢尾板さんは以前はロングの選手で、耳の横をラケットが通りすぎながら猛烈にこすり上げるドライブ打法で全日本選手権大会のダブルスに優勝されたキャリアを持っておられたが、30代の終わりごろになったこの頃は、もっぱらカットを主戦とされていた。私はときどき指導をしていただいたが、ストップは使わずスマッシュもせず、ゆるめのドライブロングのラリーで、球質で点をとるのでなく、完全にコースで点をとることに専念した。長いラリーの末に“まいった!”とか“うまい”とかいってもらえることは私にとって“強さ”でなく“巧さ”の確認クーポン券を貯めてゆく感じであった。

一般論としていえば、ある人が心から納得して点をとられる、ということは、その人の現在の力だけでこちらを計って納得することではない。その人の全経歴の力からこちらを計って納得してくれるものなのである。ということを若いながらもそのとき私は知っていたような気がする。

いま日本卓球協会の強化対策本部長をして、おられる福士敏光氏が、自らラケットを握って中学生に指導をしておられる姿を拝見したことがある。福士さんは白木のラケットでショートをされる。一通りゲームが終わったあと、福士さんは次のように講評された。

「僕とやって、難しいサーブをつかって、パシャっと打って点をとってもいいんですよ。僕はいっこうにかまわないんですよ。けれども、それではあなたがたのために損ではないかと思うんです。僕のようなタイプはいまは少ないので、あなたがたはよけいに僕の球を打ったほうが得だと思うんです。できたら、むずかしいサーブをつかわず、(僕にミスをさせないようにして)僕とやってごらんなさい」

一道を極めたかつての達人と手合わせを願う機会は全国に散在している読者にはあまり多くはないとしても、自分のクラブや地方で名にしおう先輩とお手合わせ願う機会はあろう。そうした機会に読者が恵まれたとき、あなたに要求されるのは、礼儀としても、実益としても、“今を通じて昔をみる力”すなわち復元力である。そして、その復元力を発揮する方法で実技をおこなうことである。

かんたんなことではない。むずかしいことである。むずかしいことだからこそあなたの力が試され、あなたの力がのびるのである。

日本の卓球の伝統は、このようにして受けつがれてきた部分が多いようにおもう。

1975年12月

荻村伊智朗

1975.12.復元力

 

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