『120番目の国際加盟協会を歓迎する』1975年6月 卓球ジャーナル「発行人から」より-荻村伊智朗

120番目の国際加盟協会を歓迎する

サウジアラビアから卓球の代表団がやってきた。団長のアル・マレークさん(30)以下コーチ2名、選手5名、計8人の一行である。

新聞紙上などでも報じられたように、一行は来日数日前に電報で「イキマスヨ」と、知らせてきたと思ったら、もう羽田に来ていたという速攻ぶり。旅費、宿泊費、食費等は全部自弁というから、さすがにお金持ちの国だけある、と一般には受けとられているが、来日目的はなんといっても選手強化。しかも、いままでに日本に研修に来た各国の選手とはちがい、団長以下、ホテルに合宿して、そこから練習場にかよいたいということなので、その意気ごみはまさに中国なみ。

国王の死去で順序が逆に

日本卓球協会は昨年夏から、永野会長のおこえがかりで、サウジアラビアとの卓球交流を推進してきて、2月にカルカッタで行なわれた第33回世界選手権大会のおりにも、日本代表団団長、副団長がサウジアラビア代表と会談して、友好交流、相互訪問の約束をとり交した。それにもとづいて、日本卓球協会の代表選手団が4月にサウジアラビアを訪問し、コーチもサウジアラビアに友好的な企業の応援をえて派遣をしよう、という構想であった。

ところが読者もご承知のように、4月にファイサル国王の暗殺事件がおきたため、その月予定さたていた日本からの代表団の訪問はサウジアラビア側の電報による要請により延期となった。

ここで友好交流は頓挫したかにみえたが、突如、サウジアラビア側からの来日となった、というしだい。

近代国家づくりの一環

サウジアラビアは、単に、石油のでるお金持ちの国、ということだけではなく、数億の人口をかかえるイスラム教世界の中心的な国として、また、アラブ世界の中心的な国として、現代の国際社会ではたいへん重要な国である。

世界の富の大部分がここ数年、あるいは数十年間にわたって、サウジアラビアを中心とするアラブ世界にながれこむというのだから、世界中の国がサウジアラビアに対して特別の意識をもってもふしぎではない。

そのサウジアラビアは、いずれは無くなってしまう石油資源のある間に近代国家を建設したいわけである。単に工業面だけでなく、文化や教育の面でも意欲的だ。その一つの現われが日本へははじめてのスポーツチームの訪問となったわけだ。

また、サウジアラビアは、今年、国際卓球連盟とアジア卓球連合に加盟申請をした。国際卓球連盟は、2月にカルカッタで行なわれた第33回世界選手権大会の総会のおりに、満場一致でサウジアラビアを第120番目の加盟協会とすることを決議した。

アジア卓球連合も来年4月、ピョンヤン(鮮鮮民主主義人民共和国)で行なわれる第3回アジア卓球選手権大会の総会のおりに、おそらく加盟を承認するであろう。新メムバーと友好交流をすることは、アジア卓球連合の会長国としての日本の立場から、たいへん重要なことであるといわねばならない。

各地で親善交流

サウジアラビアは川崎のミススポーツセンターで合宿のかたわら、古川敏明選手の指導を受けながら、大津、三重、京都などを訪問をしたり、東卓関係の各チームと交流を続けいる。

13才から20才までの若い選手団はまじめな態度も中国なみ。日本の高校生や一般の合宿よりも生活態度はよい、という声もあるくらい。

「国には冷房つきの体育館を6ヶ所に建設し、室内竸技を気候の影響を受けずに一年中やれるようにする。きっと日本に追いつく水準になって恩返しします。来年もぜひ日本に研修に選手を派遣したい」と若い団長兼協会理事長は瞳をかがやかせていた。

1975年6月

荻村伊智朗

1975.5.120番目の国際加盟協会を歓迎する

 

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