『続けること』1980年8月 卓球ジャーナル「発行人から」より-荻村伊智朗

続けること

初めて日本のタイトルを手にするまで4年余りかかったが、その私は、高校1年の2学期から卓球を始めた。3年の春には都民大会の団体戦で優勝するまでになり、国体予選も決定で敗北、都市対抗には八王子代表(都下チーム代表)になり、自分でもちょっと上手になったつもりだった。

ところで、私の場合、高校を卒業するまでほとんどオールフォア、バックハンドもカットもショートもほとんど練習なし。だからフォアがよっぽど上手だったか、というと、さにあらず。いちばん続いたラリーは73本だった。

このほど日卓協で等級制を導入した。いちばん下の10級の人は20本、9級は30本、9級は50本ラリーが続けばよく、5級で100本、4級で300本である。私の高校時代は6級が良いところ、と言うことになる。

ところが、である。このほど東京の池袋コミュニティーカレッジの生徒さんたちを対象にひらかれた審査会では、卓球を始めて半年前後の人たちでも300球ぐらいは続いてしまった。

「判定員のボールが良かった」「いや教え方が上手だった」「なんの、かくれた素質が実はあったのさ」「コーフンしたのが自己新記録を生んだのさ」などなど、いろいろのコメントが寄せられたが、やはりラリーが続くことの基礎は一定のリズムを守ることにあると思う。

日卓協のテストは1分間に45往復の速さ。たいへんゆるい。

6月27日のNHKの朝のニュースワイドでも紹介されたが、番組のあと、早速スタッフの人たちが自信を持って「よし、7級!」などとやっていた。1分間45往復はしかし、競技の現実的な速さでもある。もちろん前陣での激しいラリーは90~100往復/分ものピッチになる。

しかし、カット打ちをしっかりマスターするための基本ラリーのピッチが実は45/分だと言うことを知っている人は意外に少ない。

カットを攻め落とすには、一に粘り、二にチャンストーキグショット、三に強いボールでの攻め、四にドロップショット、五にカットマンに打たれて(反撃に)つよいこと、六に反撃をさせないこと、七に反撃を利用できること、などの条件が整っていて欲しいが、まずねばれないことには全てが始まらない。基礎工事に手抜きをしてビルを建ててもダメと言うことだ。

ゆるいラリーであっても、一定のピッチを何百回も守れる人は自己制御のできる人である。いたずらに速いボールを打つばかりが脳ではない。技の上達や勝負強さの秘密は、自分の体や感情をどれだけコントロールできるかにかかっていることを忘れないようにして、練習の中身を濃くしてゆこう。

1980年8月

荻村伊智朗

1980.8.続けること

高校時代

 

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