『普及とは低めることであってはならない』1971年7月 卓球ジャーナル「発行人から」より

普及とは低めることであってはならない

「卓球の選手には体操やランニングは不必要だ。」わずか10年か15年くらい前の卓球指導者の一般的な意見でした。日本だけではありません。欧米では数年前までそうでした。

“ピンポン外交以後”という題でアメリカ世論の中国に対する反応と題するTV番組がありましたが、イントロは選手のランニング姿だったそうです。

マイルズやリースマンらの天才選手たちの時代にこんな姿をみたらアメリカ中の卓球選手たちは腹をかかえて笑ったことでしよう。

余談はさておき、ある体育祭の大学の練習を最近見る機会がありました。

他競技の専門の先生方も数人見ておられましたが、「卓球のウォーミングアップの体操は、みんなこんなに早いのですか、卓球選手のウォーミングアップの体操がテンポが早いのには何か理由があるのですか?」という質問をうけました。

その部の体操はむしろ私にはおそいようにみえました。さすがに専門家らしく入念にやっているな、と思っていたのに、そのような質問をうけてハッとするところがありました。

いま多くの部が練習の前後に体操をとり入れています。しかし、その多くはマンネリ化しているために、ただ快速なだけのテンボで体操をすませてしまってはいないでしようか。

事故を防ぐウォーミングアップとしての機能や、より多くまげのばす鍛練としての機能、そうしたそれぞれの機能を十分はたしているでしようか。

体操が普及されたのはよいことです。しかし、それが低められながら普及されたのではおしいことです。ごく少数のものだけが、その意味をかみしめながらやっていたことが、たんなる習慣として意味も考えずにやられるようになる-普及にはおとし穴があります。

体操だけではなく、いろいろなトレーニングやシステム練習でも、指導者的立場のかたがたは、より高いレベルでの普及を常に心がけていただきたいものです。

1971-07

荻村伊智朗

※卓球ジャーナル1971年7月号「発行人から」より

普及とは1971-07

 

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