チャンスをつかむ力
ピョンヤンの女子シングルスで目立たぬ存在の葛新愛が優勝した。といってしまえば簡単だが、2万3千人の拍手と一本一本のかけ声というプレッシャーの中で張立がつぶれ、張徳英が萎縮してしまったあとの決勝戦で40分間耐え抜いた強じんな神経はそばでみていても並大抵なものではなかった。
というよりも、中国女子選手の歴史上でも並はずれて強い神経をもっているといっても過言ではあるまい。いまにしておもえば、葛は1975年のカルカッタ大会で連勝をねらう韓国女子チームのエース李エリサを倒した殊勲者であった。
あのときの李エリサの貫禄は大したもので、自他共に勝利を信じて疑っていなかった。それが、みたところたよりげなフォームの葛にほんろうされ、中国は女子の王座を奪回した。しかし、葛の勝利はイボ高というラケットのせいにされて割り引かれた感じで、当然与えられるべき評価が与えられなかった嫌いがある。
その後、彼女は日本にもやってきた。ハードスケジュールの日中大会が終ると恒例の箱根一泊旅行があった。中国の選手はいつもここで一日の静養を楽しみ次の日は帰国の途につく。その日はあいにく雨だった。やむなく中国選手たちはボーリング場に案内されて、物珍しいゲームに興じていた。
私は、ピョンヤンで表彰台の葛選手をみながら、箱根でのできごとを想い出していた。葛だけがボーリングに加わらずにベンチに坐って、その一時間余り、観衆となっていたのである。その坐りかたが変っていた。葛は宙に坐っていた。ベンチに実際には腰をおろさず、スレスレのところでとどまって、大腿部を鍛えていたのだ。疲れればちょっとだけほんとうに腰をおろす。私が見ていたのは知らなかったと思う。黙々と、表情も変えずにやっていたのだ。
私はピョンヤンで思った。やはりあの気持ちが彼女の心を鍛えたのだ。ボーリングも一興である。昨日までの転戦の疲れをとるにはよいかもしれない。しかし、葛は次の日から未来へ向ってのトレーニングをやった。おそらく彼女はピョンヤン大会の次の日から、もうトレーニングをはじめているのだろう。
世界選手権ではなにごとも起り得る。まさに、ドラマである。悲運のチャンピオンと呼ばれる人もいる。アンドレアディスしかり、李富栄、郭躍華、また張立しかりである。
訪れた幸運を自力でつかんだ葛新愛は、真にチャンピオンと呼ばれるにふさわしい努力に見てくれや派手さは必要でない。また仮に、葛が世界チャンピオンにならなかったとしても、彼女が真に偉大な選手であることに変りはない。世の中にはそういう選手が実は多くいることを私は知っている。
1979年6月
荻村伊智朗
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