『技(わざ)の深み』1979年10月 卓球ジャーナル「発行人から」より-荻村伊智朗

技(わざ)の深み

文部省の指導員派遣事業で、昨年からときどき各地へおじゃまして実技をやることがある。今年はあと、山形と鹿児島を訪問することになっている。アシスタントなしのときも多いが、そのときは5,6時間やっても何とかからだが動くし、あとでとりたてて疲れもない。

しかし、今度だけはひどいめにあった。クラブのコーチに依頼されて、クラブ選手の「見取りげいこ」のために逆モーションサービスの実演をたったの10分間やったのである。「5分間おねがいします」といわれたのを「5分間では身体がものたりないから10分間にしてください」と申し出たのも我ながら不覚であった。

小・中・高生相手にサービスだけの疑似ゲームを主として逆モーションのテクニックを織り交ぜながら10分間やって、その晩はなんでもなかった。

翌朝、目を覚ますと、足首のあたりが少し痛むような気がしたのである。それが、昼をすぎるとはっきりとスプリントのところが痛み出した。おりから来日したチェコの選手団とクラブとの対抗戦があり、夕食をすますころになるとひどいビッコを引かねば歩けなくなり、深夜から早朝にかけて痛みは絶頂に達したのである。

打ったのかな。などとも考えたが思いあたらぬ。やはり、あのせいだ、と確信したのは二日後のズキズキする痛みをこらえて昼食をしていたときだ。幸いにして痛みはその夕方には峠を越し、いま三日目には何とか普通に歩けるようになった。

「現役でやっているときは鍛えぬいているので、どの技にはどこが使われているのか、重点的にはわからないことが多い。ところが、いまごろになってみると、この技にはどこを使うのかが疲れや痛みではっきりとわかる」

とは藤井さんの話だが、まさにそのとおり。バックハンドのロングサービスでも、右足一本にいかに複雑で過酷な動きをするか、わずか10分でも競技仕様の動きというものは、いかに筋肉に負担をかけるのか、自分のからだで勉強できた。

サービスはいつでもタイミングをえらんで出せるし、自分で投げあげたボールを打つのだから、やさしく出そうとすればいくらでもやさしくやれる。

しかし、それは上達を止める落し穴でもある。軸足一本の技といえば、王貞治の打法もそうだが、技にはきりがないものである。

1979年10月

荻村伊智朗

1979.10.技(わざ)の深み

1959ドルトムント大会

 

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