『伸びるとき』1979年8月 卓球ジャーナル「発行人から」より-荻村伊智朗

伸びるとき

カットマンは鈍くてもよい、というのはまちがいだ。“デモカット”という言葉がある。運動神経が鈍いのでカットでもやらせようか、とコーチが考えたり、選手が自分自身で、動きが鈍いからカットでもやろうかと考えたりする現象を指している言葉だ。

私は、世界的にカットマンが減ってきている情況からみて、男子の場合はカットマンの方がシャープな運動神経を必要とされていると思う。ルールがカットマンに有利なときであれば、デモカットは成り立つかもしれない。しかし、男子の場合、ヨーロッパなどをみていると、デモドライブ、が横行しているような気にもなってくる。

いずれにせよ、カットマンは後手に回って、しかも勝つように戦うのだから予測力と反応力が人一倍大切だ。では、カットさえやっていればそれらの能力は身につくかというとそうとも限らない。なまじ最初から両ハンドでプレイするので、からだを動かさずに打つことをおぼえ、大きな動き、激しい動き、大きな振りなどが身につかない場合があるので注意しよう。

大成を期すためにはフォアハンドで動きまわるロングマンの方がよい、というみかたがあるのはこのせいだ。大成を期すためには、スポーツマンとしての基本的な力を増強するよううまずたゆまず努めなければならない。こうした努力を何年も続けた人の中から、河野、小野といった人たちのようにチャンスをつかんで伸びる人がでてくる。しかし、みた目には申し分ない努力を続けているのにまだ伸び切れないでいる人もいる。これはどうしたことだろう。

私にもそんな時期があった。大学の3年の年になって、私は急に伸びはじめた。自分で振りかえってみると、それまでの努力は”自分の卓球はこうあるべき”とか”こういう点がとりたい”とかいう美意識に邪魔をされて”勝つ卓球のための工夫”の部分が不足していた。そのことに気づいてから勝つようになっていった。

“点をとる”という意識と”点を失わない”という意識。”調子を出そう”という意識と”相手の調子を封じよう”という意識、”得意を発揮しよう”という意識と”相手の不得意な技をぶつけよう”という意識、いずれもバランスを失うと偏った美意識になりがちだ。思ったとおりにやってはいるのだが、大勢は不利になっていることがある。

そんなことがプレイをやりながらわかりだすと卓球は強くなる。いつ、そうした”悟り”というか飛躍が生まれるかわからないところに卓球の面白味とむずかしさがあるのだが、大成を期したまともな努力をしている人は、必ず自分の幸運がくることを信じよう。

1979年8月

荻村伊智朗

1979.8.伸びるとき

構え

 

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