『卓球をたたえる』1980年3月 卓球ジャーナル「発行人から」より-荻村伊智朗

卓球をたたえる

“きけわだつみの声”を忘れたのか。が、オリムピックボイコット問題への私の感想である。

日本人は想えば人類にとって貴重な体験を持っている。オリムピックのメダリストを含み、有名なプロ野球選手を含み、多くの有意の青春が第二次大戦の露と消えた。この体験を忘れてはいけない。平和あってのスポーツではないか。不世出の名人カットプレイヤーといわれた今孝氏が早く世を去ったのも、兵役と敗戦後の過労から急性肺炎で倒れたものだった。政治とスポーツとは厳然として関係がある。

 

古代オリムピックはギリシャという狭い土地で、単一宗教、奴れい制の上にのった貴族社会という単一イデオロギーの単一民族が、祭事としてオリムピックに集ったものといわれる。

宗教が多様で、イデオロギーもちがい、幾十の民族の異なる利害のもとにおこなおうとするオリムピックの場合、モスクワは最初から候補地として避けるべきだったかもしれない。当初はそういう声もあったように記憶している。

オリムピックにくらべ、卓球は出あいの場とチャンスを提供しつづけてきているユニークな存在である。私の前の国際卓連の会長代理をつとめられた城戸尚夫さんの言葉ではないが、”みんな卓球の真似をすればいいんですよ”ということだと思う。

読者もご承知のように、卓球の世界選手権には国旗も国歌もない。さびしいじゃないか、という声もある。特にソ連系といわれる国の協会からは毎回、採用しよう、という提案がある。

しかし、オリムピックも卓球にならえ、という声が国際スポーツ界の指導者のなかに高まっている。

 

こうした中で、1984年のオリムピックを開催することになったアメリカのロスアンジェルス市から”卓球を大会のオープン種目に採用する可能性がある”という頼りが国際卓球連盟にとどいた。

1984年、1988年にオリムピックがもし続いているとすれば卓球が登場するのもそう遠い夢ではなさそうだ。場所もロスアンジェルスや名古屋なら、きわだったボイコットの種はなさそうにおもえる。

卓球は地味なスポーツだといわれるが、着実に伸びている。前進している。卓球をやっていることが、もっともっと光り、いっそう肩身の広いおもいをする日がやがてやってくる。

1980年3月

荻村伊智朗

1980.3.卓球をたたえる

海外

 

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