『敏捷性』1976年2月 卓球ジャーナル「発行人から」より-荻村伊智朗

敏捷性

敏捷性は筋肉と神経だけの問題ではない

前号で紹介したヨーロッパ卓球連合のコーチ会議の話題に、敏捷性という言葉が盛んにでてきた。敏捷性を司どる器官にはいろいろあろうが、筋肉の強さばかりに重点をおいては片手落ちになるような気がする。また、神経の問題だけを考えてもなにか欠けているようなのだ。

たとえば、フォアにとびこんで一本打つ。ボールがバック側に少しゆるくきた。廻りこんでまたフォアでスマッシュできる人、バックハンドでつなぐ人、立ち直るのに時間がかかり落したところでやっと返す人、人さまざまな返しかたをする。

卓球の動きは直線運動が少ない。回転運動というからだのひねりが大切だ。(最近の選手は腰を使える人が少なくなっている。特に女子は目立つ。世界選手権大会選考リーグ戦をみていても、腰を使えているフォームで打っている人が少ない。そのために打球に伸びがなく腕が疲れてくると、まったく球威がなくなる。一発の威力がない。ラリーが続いて上手なように見えるが、決定打がないために続くのでは質が低いラリーである。)

腰を使う打法はもともと日本の卓球の伝統的な技術であった。しかし、最近の大学、高校、中学の第一線の選手を見るかぎりは、それは過去の語り草になった。

カニは回転運動ができない

話は脱線しが、元へ戻すと敏捷性にはバランスをとる能力が特に大切だ。動作と動作の間に時間がかかる人、ある動作を完全に終えるまでに時間のかかる人。バランスがうまくとれない人が多い。バランスの問題を根本的に解決しないと、激しい回転運動と複雑な調整力を必要とする腰を使う打ちかたもできないかもしれない。そのため“手打ち”の選手が多い、というのは言いすぎのような気もするが、関連なしとはしない。

バランスの感覚と機能は訓練できる。内耳に「三半器官」と「耳石」というのがある。

三半器官は回転運動でのバランス感覚を司どり、耳石は直線運動でのバランス感覚を司どる。余談だが、カニには耳石はあるが、三半器官はないそうだ。だから、カニは横に直線運動はできるが、回転運動はできない。

私には卓球選手は回転運動でのバランス感覚が大切なように思う。昔の合宿でもよくやったが、左手で右耳をつかみ、その手の間を通した右手の人さしゆびで床の一点を押えたまま一秒に一回転のペースで10回ぐるぐる回る。そして10秒後に直立の姿勢をとったのちに10メートルの直線を歩く。この運動が苦手な人も得意の人もいるが、苦手な人は(イ)胃とか内臓が弱い、(ロ)実技でもやや動作がにぶいなどの傾向がみられた。

もちろん私個人はこれは得意な運動だった。というのも戦争中は飛行機乗りになるつもりで回転体の中に入ってグランドを走り回ったり、グランドの端から端まで地上転回や空中転回をしたり、鉄棒の回転を毎日やったりしてたことが役立っていたと思う。

逆モーションにも強くなる

三半器官を訓練することによって激しい回転運動でのバランス機能が向上し、打球から打球へのつなぎ動作が早まり、スタートが強まり、逆モーションにも強くなる、といえよう。

最初はマット運動の前転、後転、などからはじめてもよい。また、180°の上体捻りやスタンス180°の切りかえなどを1秒に1回ぐらいのペースでおこなうことも中、高校生にはよいトレーニングになる。

先に書いた“グルグル回り”をやるときには、何人かそばに補助者がいる。初めての人などは捻り運動をしているうちにバタンと頭から棒のように倒れたりすることがある。はじめてからもほとんどの人が身体が斜めになり、倒れるか、倒れそうになる。面白半分で卓球台のそばでやったりすると台の角にぶつかって怪我をすることもあるかもしれない。マットをたくさん敷きつめた広い場所で、補助者のいるところが基本条件だ。

すべてのトレーニングがそうだが、負荷の“漸増”という原則を忘れてはいけない。だんだんに、やさしい運動から、難かしい運動へと工夫して進めてゆくのがよい。そして、決して後もどりしないことだ。

1976年2月

荻村伊智朗

 

※原文のまま掲載しています

1976.2.敏捷性

 

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